映画評「ミスター・ガラス」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2019年アメリカ映画 監督M・ナイト・シャマラン
ネタバレあり

未だにシャラマンかシャマランかで迷う、M・ナイト・シャマランのシリーズ作。「アンブレイカブル」(2000年)を発端とし一昨年の「スプリット」(僕自身は去る2月に鑑賞)を経て、一応の完結作か? お話は「アンブレイカブル」と強く繋がっている。結果的には、二作目はなくても本作の中で紹介する形で十分足りる感じだ。

相も変わらず女性たちを監禁している多重人格者ケヴィン(ジェームズ・マカヴォイ)を、悪人を見極めることができる不死身の男デーヴィッド(ブルース・ウィリス)が発見、闘っているところを、二人揃って官憲に捕捉されてしまう。能力から言えばそう簡単に捕らえられる二人ではないのに・・・という疑問が湧くが、捕らえられる状況にあるか理由があったということは二人の特質・性格から理解できる
 二人は、デーヴィッドがかつて逮捕させた天才ミスター・ガラス(サミュエル・L・ジャクスン)も収められている精神病院で研究の対象となる。精神科医エリー(サラ・ポールスン)は三人を前に“三人とも優れてはいるが常識範囲の人間で、特殊能力があるように見えたのは偶然の産物だ”(主旨)とは告げる。
 しかし、ミスター・ガラスは高いIQを遺憾なく発揮して監視人を倒しケヴィンに車椅子を押させて使用人通路から抜け出、オオサカ・タワーの竣工式でテロを行う計画に乗り出す。彼は自分を普通の人間と思いたがっているデーヴィッドを挑発して外に誘き出す。
 かくしてケヴィンとデーヴィッドは病院敷地内で激しく闘う。しかし、実は、オオサカ・タワーのテロ計画は彼らの能力を表沙汰にしたくない組織の裏をかく陽動作戦であったのだ。

終わってみれば、“大山鳴動して鼠一匹”という印象を残す内容ながら、心理学的な要素を大いに持ち込んだのが、一見通底するマーヴェル・コミックス映画版とは違う面白さがあり、終幕の展開にしても精神科医の心理の間隙をついた面白さと言えないこともない。
 アメリカにかつて存在したコミックに関する規制(ヘイズ・コードのコミックス版)を素材として活用、それを現在的に具現化したのがエリー以下のグループということになるわけで、まだるっこい感じは強いものの、アングルを付けたSFという観点ではホラー映画的な「スプリット」より感興を呼ぶ。コードがあった時に作ればもっと皮肉っぽく見られる作品になったと思われ、時期を逸した感が強い。

建物と人物を同時に収めたショットを筆頭に、固定を軸とした冷徹なカメラはなかなか魅力的だ。深く静かに潜航する(?)、シンプルにしてスリリングな音楽はもっと注目されて良いと思う。
 因みに、“深く静かに潜航する”という形容句は昔の戦争映画「深く静かに潜航せよ」から戴いた、殆ど意味のない枕詞でござる。

世評はそれほどでもないが、個人的には今回“ツマラン”でも“シマラン”でもなかった感じですよん。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

面白い 面白い

この記事へのコメント

2019年11月08日 14:18
半分冗談でシャマランかシャラマンかわからん、と私もいつも書いていますが、どちらでも通じる名前なのがタマランのです。
同じようなことを書いていただけると、勇気づけられます(笑)。

ヒーローもの全盛期に、反骨精神っぽくもあって、さすがマシャラン(違う)。
オカピー
2019年11月08日 21:57
ボーさん、こんにちは。

>同じようなことを書いていただけると、勇気づけられます(笑)。
おかげさまで、こちらもです。
年齢と頭の構造が非常に近いと思います。

>反骨精神っぽくもあって
そうでしたね。
マシャランよりマジシャンという感じでしたよ(それほどでもないか)。