映画評「巴里の屋根の下」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1930年フランス映画 監督ルネ・クレール
ネタバレあり

ルネ・クレールは当初前衛的な作品(フィルムセンターで観た「幕間」など)を作っていたが、サイレント末期に解りやすい人情喜劇映画に方向転換して成功を収め、現在まで名の残る名監督になった。本作は日本での出世作である。

パリの街頭で艶歌を歌って楽譜を売る商売をしている演歌師アルベール(アルベール・プレジャン)は、彼の歌を聞いている最中にスリに遭ったルーマニア美人ポーラ(ポーラ・イルリ)に財布を戻してやり親しくなる。鍵を盗まれた為に部屋に入れなくなった彼女を自分の部屋に泊めてあげるが、意外に身が堅く隣に寝ることすら許さない。一緒に仕事をしている友人ルイ(エドモン・T・グレヴィル)も彼女が好きになり、暗黒街の親分(ガストン・エドー)も彼女にちょっかいを出そうとする。
 ある時アルベールは知り合いの小悪党から盗難品を収めた鞄を預かったことから刑務所入りになるが、無実が判明して釈放されると、親分がポーラに手を出そうとする現場に遭遇、危うく大喧嘩になるところをルイの機転で逃れることになる。
 しかし、ルイが彼の不在の間にポーラと仲良くなっていることを知ったアルベールは潔く彼女を託すのである。

本作はサイレント映画のように動作だけで見せるところが多く、一方で歌をたっぷり聞かせるなどトーキーの効能を生かしてもいる。
 40何年か前に初めて観た時はトーキーへの過渡期という理由なのだろうと思ったが、考えてみればトーキー化(による音声)を最大限に使いたくなるのが人情、どうもこれはクレールによるトーキーの効果を最大限に生かす為の工夫だったようだ。トーキーを最大限に使うことと最大限に生かすことは優れた映画人にとってかくも違うのである。台詞が最小限であるから、歌も引き立つ。

その一環で印象的なのは、すぐに口論を始めすぐに仲直りするアルベールとルイの口論を建物の外側から捉えて台詞なしで処理する場面と、アルベールと親分の喧嘩を高架線路を走る列車の音によりマスキングして見せる場面。省略により観客の想像力に訴え場面を強く印象付けるのである。

撮り方が圧巻なのは冒頭。恐らくクレーンでカメラが高所からパリの街並みを捉えた後、公開当時日本でも大いに流行ったという実際音でもある主題歌(日本で流布した歌詞は原詩と大分違うようだ)に乗って徐々に降下し、歌う人々を収めるところである。その間カットを切らない。ヒッチコックの「フレンジー」が冒頭で全く同じように(あちらはヘリコプターによる完全な空撮から始まるからさらに難しい)撮ったことをその40年前に既にしている。驚きましたなあ。

昔の映画にはままあるが相似と対照を隣接する場面で徹底して見せているところがあり、これもまた僕を唸らせた。部屋に入って来たアルベールと自分の部屋から出て行こうとするポーラ。アルベールは袋を開け、ポーラは鞄に物を入れる。袋から出すポーラに贈る靴とポーラが鞄に入れるサンダル。これを一気呵成に見せるのである。これを凄いと言わずに何を凄いと言おう。

アルベールとルイがいつも物事を決める時に使うサイコロの扱いも良い。一部で不評であるが、どちらがポーラを取るかサイコロで決めようとする幕切れの人情が泣かせる。アルベールはサイコロを振ったルイの目を盗んでサイコロを動かし自分の負けとする。ルイもそれに気づきながら相手の好意を受け入れる。現在の感覚では考えられないが、女性を所有する権利を決めるというより、何事もサイコロで決めて来た友情の証なのである。これも90年前の洒落っ気と思えば腹も立つまい。それを理解しないのは無粋と言うものだ。

サイコロの嘘は「冒険者たち」の幕切れを思い出させる。あちらのアルベールたるアラン・ドロンは相手に「嘘つきめ」と言って微笑みながら死んで行くのであるが。

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この記事へのコメント

モカ
2019年11月28日 18:26
こんにちは。

>撮り方が圧巻なのは冒頭。恐らくクレーンでカメラ

 私はこの辺に反応できないんです。ぼんやり見てしまうカメラワーク音痴です。

 この映画と「巴里祭」が記憶の中でこんがらがってますが、
どちらも街や建物がセットだと聞いたような記憶があるんですが、本当ですか?
 「巴里祭」のほうは、パリ特有の街中に階段がある風景だったような記憶がありますが。
 


オカピー
2019年11月28日 22:10
モカさん、こんにちは。

>ぼんやり見てしまうカメラワーク音痴です。
余り専門的なのも良し悪しでして^^

>どちらも街や建物がセットだと聞いたような記憶があるんですが、
そうらしいですね。
 現在の微細な映像ではすぐにそれと解りますが、僕が今回観たようなぼけぼけのビデオ映像では判然としなかったです。なかなか美術が頑張ったのだと思います。
 因みに、個人的には2年後の「巴里祭」が好きです。