映画評「サンダカン八番娼館 望郷」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1974年日本映画 監督・熊井啓
ネタバレあり

ポスター等を見ると解るように、本作のタイトルは「望郷」であって、原作由来の「サンダカン八番娼館」はサブタイトル。しかし、当ブログでは一応順番通りに“さ行”扱いにする。

からゆき(唐行き)さんをテーマにした山崎朋子のノンフィクションを社会派熊井啓監督が映像化したドラマ。映画館では観ていないが、二回目の鑑賞。

1910年代初頭、天草地方の貧農である一家を救うべく一人娘の12歳北川サキ(高橋洋子)が女衒に買われて、ボルネオのサンダカンに送られる。娼館の下女をしていた彼女はやがて身を売ることを強要されるが、借金を返して故国へ帰る為に当初の反抗とは別人のように働く。
 時代が流れてからゆきさんの立場は弱いものになっていき、やがて帰国するサキ以外は故国に背を向けて文字通りボルネオに骨を埋める。帰郷したサキに待っていたのもやはり周囲の厳しい眼差しであり、かくして出かけた満州で家族を得たものの、夫を帰国途中で失った後成人した一人息子は母親を天草へ追いやり、一月に4千円ほどの仕送りをしてくるだけ。過去を隠さざるを得ないサキとしては生活保護に頼ることができず極貧である。
 そんな老年のサキ(田中絹代)が偶然出会うのが、社会の底辺に生きて来た女性を調査している女性史研究家・三谷圭子(栗原小巻)。彼女が、老女が嫁の代りを見出したかのように好意的に迎えてくれたのに乗じ身分を隠してサキの襤褸屋で過ごすうち、サキは“ボルネオ”の言葉に興味を示す圭子に、一代記を語り始める。

日本無謬論者におかれてはこういう話は厭であろうし、自虐史観などと言っていかにもなかったことのように扱うが、体験者が語る以上こういう事実があったことだけは否定できないわけである。その背景にあるものを考える時に右派と左派の違いが出ることになる。最後の方で再び関連させるつもりだが、暫くそれは措いておく。

本作のヒロインに限らず、戦前において家族の犠牲になった女性は多い。上に三人、下に四人の兄姉弟妹を持つ僕の母は奉公の為に北海道と東京に住み込んだ。その姉は挺身隊として工場で働いた。一番上の姉は富山に嫁いで若死にした。群馬から富山であるから訳ありだろう。しかし、からゆきさんのような憂き目に遭わなかったのは幸いと思う。

江戸時代末期から始まるというからゆきさんは1920年頃までは家族の為の犠牲者として讃美されていたらしいが、近代化・自由主義化が進むに連れ蔑まされるようになっていく。
 それが一番良く出るのが、1931年におよそ20年ぶりに帰郷して彼女が見る兄(浜田光夫)の態度である。彼女の犠牲を一番悲しんだ彼が彼女を邪魔扱いする。家族や村人に代表される社会が彼女らを追い込んでいく。
 それは1970年代になっても、元からゆきさんと過ごす研究者への悪口という形で実は彼女たちへの村人の軽蔑が顕在化するのである。サキにとってそんなことを言う村人より彼女の話をよく聞いてくれる嫁代わりの研究者の方が何と有難いことか。

だから、嫁代わりの彼女と協力し合って家の中を刷新した時にサキが子供のように喜ぶシーンが僕は彼女の孤独にやりきれない思いを抱かざるを得なかった。結局報われなかった、こうした人々の悲劇性もさることながら、老女と研究者の互いへの信頼もっと平たく言えば心の通い合いにこそ僕は涙を流さずにはいられないのである。

ここで終わっていれば映画は極めて抒情的で純粋に素晴らしい作品と言えた。些か残念なのは、終盤強引に国家を持ち出してくることである。映画は終盤まで男性VS女性の構図で進行し、男尊女卑の民族性という意味を別にすると、その背景に国を感じさせるところが余りない。
 ところが、圭子のモノローグで“外貨稼ぎの役目”という言葉が出るのを言わばトリガーとし、彼女がジャングルの奥で発見したからゆきさんたちのお墓が日本に背を向けていると指摘することで、国家批判が突然浮かび上がってしまう。
 僕は日本無謬論者とは全く縁のない個人主義者だからそれ自体は一向に構わないが、作品の構図として唐突の感が否めないのである。極端な言い方をすれば、国家の悪に気づいて現地に骨を埋めた彼女たちが賢く、帰国して冷たい目に遭ったサキが愚か者のようにも感じられてしまう。それは途中までサキに寄り添ってきた映画の語り口と些か齟齬しはしないか。

しかし、全体としては非常に良い。圭子がボルネオの雑踏の中に消えていくエンディング・ロールの余韻も秀逸。

女性陣は非常に好調。田中絹代は圧巻の演技であり、若きサキを演じた高橋洋子にも鬼気迫るところがある。一部で不評の栗原小巻も演技に疎い僕にはさほど気にならない。

タイトルの“望郷”は皮肉のこめられた反語。反語であるのだから、これが映画の内容に即していないという意見はちと考えが足りない。この手はたまにあるね。

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