映画評「赤い殺意」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1964年日本映画 監督・今村昌平
ネタバレあり

今村昌平監督作品の中で、傑作「にっぽん昆虫記」(1963年)の姉妹編とも言いたくなる作品。2回目の鑑賞。

舞台は東北地方のどこか。貞子(春川ますみ)は旧家主人の妾の子供で女中の立場から、高圧的な御曹司・吏一(西村晃)の妻の座に収まり、息子を設けている。妻と言っても未だに入籍していない。そんなある日強盗に入られ、犯人の男・平岡(露口茂)に犯されてしまう。そのことを吏一に告げようと思うができず、ならば自殺してしまおうとしても果たせない。
 間もなく彼女が忘れられない平岡が再びやって来て激しく迫る。大学図書館に勤める吏一が愛人関係としている同僚・義子(楠侑子)は妻の座を奪ってやろうと、用にかこつけて様子を探り、薄々平岡の存在に気付く。
 紆余曲折の末、貞子は東京に行こうと誘う心臓病みの平岡に随行、実は毒を飲ませて殺そうかと考えている。雪の為に列車が立ち往生し、二人は山道を歩いていく。義子が後を付けて証拠写真を撮り続ける。貞子は人の良さから毒殺は出来ないものの、心臓病の為に平岡はトンネルの中で倒れ、貞子は家に戻る。義子は彼女を追って結局トラックにはねられて死ぬ。
 かくして貞子は入籍を果たし戸籍上義母の息子になっていた息子も正式に(=法律上)取り戻す。

「にっぽん昆虫記」はしたたかに生き抜く女性たちをヴァイタリティ溢れる虫に喩えたが、本作でもヒロインは蚕に喩えられる。強盗に襲われたことで一時は悲観するも生命力を蓄え、したたかに強くなっていく彼女の成長ぶりを、見かけは悪いが美しい絹を生産する蚕に見立てるのである。

殺伐とした題名にかかわらず、春川ますみという肥った様子だけでもユーモラスな女優を起用したことで可笑し味が醸成され、意外と喜劇色が強い。
 純粋に喜劇的なのは、首吊り自殺をしようとして体重によりロープが切れてしまったり、泣こうとして卓袱台に伏せると足が折れてしまう、という箇所。
 そこはかとなく可笑しいのは、彼女が内面モノローグで、何とか状況を変えようとするのだがそれがうまく行かないと“仕方がない”と都合の良く解釈して次々と自分を正当化していくところ。それが次第に常態化して彼女はしたたかになり、やがて表面的には高圧的に出ることのある夫や平岡を精神的に左右するまでになる。

本作以外の作品とも重ね合わせると、今村監督は、権利・権力関係で男に押さえつけられている表面に反して底の部分で日本女性は強いという男女観を持っていたのではないか。

さらに、最近の人々は日本人が昔から非常に上品で性的にも淡白であると思いがちだ。しかし、僕は、昭和までの日本人特に地方の人々が相当猥雑であったことを、親以上の世代を見てしみじみと感じる次第で、そうした本来の日本人を一番きちんと取り上げてきたのも今村監督だと思うのである。

山口百恵は出て来ない。春川ますみはTV「だいこんの花」シリーズで憶えた。

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