映画評「判決、ふたつの希望」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年レバノン=キプロス=フランス=ベルギー=アメリカ合作映画 監督ジアド・ドゥエイリ
ネタバレあり

合作ではあるが、レバノン映画は珍しい(私的には、2007年製作「キャラメル」以来か?)。レバノン映画史上初めてアカデミー賞外国語映画賞のノミネートになったという。

レバノン。パレスチナ人難民ヤーセル(カメル・エル・バシャ)が違法建築であるベランダの修繕工事を監督している。その家の持主であるキリスト教徒のレバノン人トニー(アデル・カラム)は工夫に水をかけただけでなく、直されたばかりのベランダを壊してしまう。これを見てヤーセルはトニーに向けて侮辱の言葉を放つ。
 これに怒ったトニーはヤーセルに謝罪を要求する。ヤーセルは雇い主に付き添われた彼の自動車修理工場へ赴くが、TVで流れていた反パレスチナ演説を聞いて謝る気をなくし、それに加えてイスラエルの故シャロン首相を引用した相手の侮辱に激高、肋骨を折る怪我をさせる。その結果トニーの臨月に近い妻(リタ・ハイエク)が早産する事件が起きる。
 追い込まれたトニーに反パレスチナの有名弁護士(カミーユ・サラメ)が弁護を申し出る。他方、罪は認めているヤーセルにも若い女性弁護士(ジャマン・アブー・アブード)が弁護に就く。

アメリカ映画のような純娯楽的な法廷劇ではないが、それなりに娯楽性もあり、特に弁護士同士が父娘と判明するところなど誠に興味深く観られる。それだけで、イスラエルとパレスチナに隣接し、キリスト教徒とイスラム教徒が拮抗する特殊なレバノンという国にある、複雑で微妙な対立の構図が垣間見えるような気がする。

前半の調子で貫ければ、イランの若い巨匠アスガー・ファルハディのような深遠な人間劇となったかもしれないが、弁護士父が1976年に起きたレバノン内戦時の悲劇を持ち出したことから、個人あるいは普遍的な人間の問題に視線を下降する代わりに、日本人には想像を絶するような民族や宗教対立の問題となり、それはそれは非常に考えさせられるのではあるが、映画としては散文的になってしまったような気がする。

ただ、自分の主張を実現したいがために仕事をしているような(特に弁護士父)弁護士両人や民族対立の向こうで、審理の終盤において両依頼人が個人的に相手の辛さを理解し互いへの思いやりを示すところは映画的にも非常に感銘を覚えさせる。
 二人が握手などをすればお話としてさらに素敵であるが、そうした個人の思惑を許さない民族の対立関係である為、どうあってもアメリカ映画のようなわけには行かないのだろう。

彼らにとっては台風のような事件でしたが、台風15号は皆様の地域に被害をもたらしませんでしたか?

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