映画評「事件」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1978年日本映画 監督・野村芳太郎
ネタバレあり

松本清張の映画化を得意とした野村芳太郎監督の法廷ミステリーだが、純文学の大岡昇平の小説の映画化なので切り口が清張とは違うものになっている。少年法に絡む論点を出すのは当時としては相当新鮮。40年ぶりの再鑑賞。

現在。神奈川県厚木のバーのママ松坂慶子23歳が殺される。犯人は彼女の幼馴染で現在はその妹・大竹しのぶ19歳と同棲中の工員・永島敏行19歳で、犯行も自白している。
 しかし、検事・芦田伸介と弁護士・丹波哲郎がママのヒモであったチンピラ渡瀬恒彦から証言を引き出すうちに違う様相が出現する。

ミステリーの形態であっても古い作品であるから肝心なところまで述べてしまおうと思うが、脅迫された恐怖で永島が思わず差し出したナイフにママが自ら身を押し付けた現場を見たと渡瀬は証言するのである。男が真相を述べている保証はないが、総合的に判断して疑う理由もない。

裁判はこんな経緯を辿って終わるが、このプロセスをもって鮮やかに浮かび上がるのが本作の主題ではなかろうかと僕が考える、幼馴染をめぐる妹と姉の三角関係である。
 そこが通常の法廷ものと違う本作の面白いところで、裁判が目指している決着と、作品の目指している決着とが一致しないことになる。巧まずも裁判長・佐分利信が言うように、三人の心情はこの事件の判断において踏み込むべき部分ではないからである。
 姉妹は見かけと違って(或いは見かけ以上に)物凄い火花を散らし合っていたのではないか? だから、次第に真相を語り始めた渡瀬が、妹姉と工員がモーテルから出て来るのを妹に見せたと証言するのに対し、妹はモーテルから出て来たのは自分であると証言(=偽証)するのである。

こちらが本当の主題と考えると、幕切れで臨月の思い体を引きずって彼女が嫌っていた渡瀬に微笑む(脚本では微笑まないらしい)理由も納得できるのである。彼女は姉にだけではなく、社会にも勝ったという自負があり、2,3年後には社会復帰する恋人を待ち続け彼を再生させる自信があるのだ。妊婦故のがに股で歩く彼女に見るしたたかさに僕は恐怖さえ覚えるのである。

それを演じきった大竹しのぶは名演。当時の彼女の可憐さとおよそ20年後の「黒い家」(1999年)におけるサイコ女との落差にびっくりしたものだが、今から思えば、既に怖い女だったのである。それに比べれば、チンピラとは言え、渡瀬の何という人の良さ。少なくとも彼の証言は最初のうちころころ変わるが、彼女のように意図的な嘘はつかない。人間は見た目では解らない。
 終わってみれば大竹しのぶ扮する妹が主人公の位置にある。よって、Allcinemaにある、“男が悪で女は哀れ”の図式という理解は180度違う。極論すれば彼女が姉を追い込んで死に至らしめたわけだから、ミスリード(misleadならぬmisread)である。

何故少女が嘘を言っていると解るのか? それは永島と渡瀬が証言以外にも勝手に回想し、少女は証言以外の為に回想しないからである。ミステリーの中には主観映像に嘘をつかせるケースもあるが、他人の関与しない回想が嘘であることはありえない。よって、映画言語的に、二人の証言の為の主観映像も真実となるのだ。

かくして本作は見せ方もがっちり、演技陣も適材適所の好演という印象を覚えるのだが、唯一の瑕疵は回想に入っていく呼吸がもう一つ良からず、強引と思われるところが多いこと。それ以外はほぼ完璧で手応え十分でござる。

公開当時、おすぎとピーコのどちらか或いは両方が、“大竹しのぶの妊婦演技が凄い”と絶賛していましたな。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2019年09月22日 19:46
 偶然にも、「秋の野村芳太郎週間」と自分で銘打って(笑)清張原作物を見始めている最中で、プロフェッサーのこの記事は僥倖ですね!

ジョン・グリシャム原作物など、アメリカでは法廷ものは一ジャンルとして確立していますが、邦画では、刑事物は多いが本格リーガルドラマはあまりなじみがない中で、これは傑作中の傑作だと思いますね。

 「評論家は演技と脚本のことしか言わない」と大見栄切った後であまり言いたくないのですが、やはりこの作品では俳優陣の演技に触れないといけませんね(笑)
丹波哲郎、芦田伸介、佐分利伸の三人をキャスティングできたのは大きいと思いますが、この三人の、起訴状朗読、冒頭陳述、証人尋問、論告、弁論という刑事裁判の一連の流れは見ごたえがあります。・・。
なかで、芦田伸介演じる検事は、検察の長い起訴状朗読を全文やってのけ、その後の冒頭陳述もきっちり朗読していて圧巻でした・・。退屈しないような演出は施されていたとはいえ、彼の力量に負うところも大だと思います・・。

演技でもう一つ。
大竹しのぶの演技に注目が行きがちですが、役得な面も・・・。清楚な少女が、その外見に似合わぬ計算高さ、すれっからしな横顔を見せる作品は昔から洋画作品にもジョディ・フオスターの「白い家の少女」など多くの佳作がありますね。
もちろん、役者に力がなくては手に余りますが・・。
それと、オールシネマにも、永島敏行の演技が棒読みだと言う批判が多いですが、僕に言わせれば「高倉健も棒読み」なんですがね・・。
この頃の永島敏行は、確かに稚拙で粗削りな芝居ですが、尋常ではない原石の美しさがある・・。彼よりも上手い同年代の役者はいくらでもいたのに、なぜ、野村監督や「サード」の東陽一が彼を選んだのかに思いを馳せればわかると思うのですが・・。

演出面では、渡瀬恒彦ら証人たちが各々の台詞で、言い間違いや噛むことがあってもOKでそのまま流していたのはとてもリアルだと感じました・・。
実際の裁判では、証人は全部、素人なわけですしね。
一度、民事法廷の証人として証言しましたが、独特の緊張感があって、許可を得てメモを見ながら応答したのですが、上手くしゃべれませんでしたねぇ(笑)

 ラグビーワールドカップ始まりましたね!これから1か月半の間、楽しませてもらいます。
開会式の日本人、外国人選手一丸となって君が代を斉唱する雄姿には感動しました・・。

僕らの世代ではラグビーは、サッカー以上に世界と差があるスポーツでして、95年のオールブラックス戦は忘れられません‥。何しろ、日本選手が二人がかりでタックルしても相手はグイグイ引きずってゴールしてしまうのですから・・。

あれから四半世紀、地元開催で睡眠時間に支障が出ないのはうれしいですが、多国籍軍団である日本代表に批判もあるのは残念ですね。
外国人選手を野球の助っ人と同じ扱いに見ているせいでは?と思います。
それに、外国人選手を多用しているのは何も日本チームだけではなく、他の国も同じです。ほぼ単一民族の日本だけが浮いて見えるわけですが・・。

彼らは、見た目は外人ですが、高校、大学のころからワンチャンスを求めて、日本に留学して日本の育成を受けた無名の選手が多い・・。謂わば、日本仕様です。
彼らの母国はいずれも強豪国ですから、本国での代表は夢であっても至難。
一度、他国の代表ユニフォームを着れば、二度と母国の代表にはなれない規定のあるラグビーで、この国を選択し、この日を迎えた彼らを、リスペクトこそすれど差別なんかは絶対してほしくないと思いますね(笑)
浅野佑都
2019年09月22日 19:59
 書き忘れました!
変にアレンジを加えずに、男性と同じ低いキーで
も力強く君が代斉唱してくれた、平原綾香もよかったと思います。
オカピー
2019年09月23日 10:44
浅野佑都さん、こんにちは。

>起訴状朗読・・・弁論という刑事裁判の一連の流れは見ごたえがあります
これは指摘しておくべきことでしたが、僕はこの映画が最終的に浮かび上がらせる主題(?)の面白さに惹かれましたので、無視してしまいました^^;

>永島敏行の演技が棒読みだと言う批判が多い
僕もこの批判の多さに気づきまして、一言云わねばならぬと思いましたが、結局オミット。
 本当らしさを求めるなら棒読みくらいのほうがいい場合もあるし、それ以上に役者として光る魅力があったわけで、現在まできちんと俳優としてやっていますよね。

>言い間違いや噛むことがあってもOKでそのまま流していた
野村監督の弟子である山田洋次もそのまま使うことが多いですね。「男はつらいよ」シリーズにおいて倍賞千恵子がよく噛んでいる。それがさくらの気持ちをよく表していました。
 実はですね、山田監督の天才的な映画言語感覚をもってすれば、この映画はもっと凄いことになっていたのではないかと思うと、一行コメント(最近は一行ではないですが)に書こうと思っていたのですよ。多分渡瀬恒彦の回想なんてもっと上手くやったと思う。山田監督は喜劇とホームドラマに特化してしまったので、僕は惜しいなあと考えるわけですよ。

>一度、民事法廷の証人として証言しました
それは貴重な体験でしたね。
 来年オリンピックがありますが、その期間に間違っても裁判員の招聘などありませんように願っています(笑)。

>ラグビーワールドカップ始まりましたね!
TBSが高校ラグビーの放映を止めて以来の、ラグビーの(完全な)観戦となりました。日本が先に点を取られたこともあって、実に面白かったですねえ。僕はナショナリストではないけれど、やはり国を代表しての試合には力が入るものです。
 アイルランドには到底勝てない(なるべく点差を小さくする)。スコットランドなら勝負になるかといったところで、ここに勝てれば次のステップに行ける可能性が大となっていきますが、前回大会は3勝して行けないという悲劇がありましたからね。

>多国籍軍団である日本代表に批判もあるのは残念ですね。
ナショナリストは狭量ですから。
この制度はラグビー独自の感覚であり、僕は良いと思っていますよ。