映画評「1987、ある闘いの真実」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年韓国映画 監督チャン・ジュナン
ネタバレあり

韓国サスペンスは馬力はあるが、(韓国大衆映画の例に洩れず)ギャグを盛り込んでトーンを一貫させない為に力が抜けてしまう。世評の高かった「タクシー運転手」もそのため僕の眼には泥臭かった。が、光州事件と同じく全斗煥大統領の軍事独裁政権時代に起きた事件をテーマに組み立てたこの実話社会派サスペンスは1970年代に幾つか見られた日本製サスペンス大作に勝るとも劣らない真の力作、秀作と言って良いと思う。純然たる明朗なユーモアが幾つかあるが、決してギャグにしていない。この差が映画として実に大きいのだ。

1987年1月14日、思想犯に特化する南営洞対共分室に逮捕されたソウル大学生パク・ジョンチョルが拷問死する。南営洞を指揮する脱北者のパク所長(キム・ユンソク)は医療関係者や他の警察組織を暴力的脅迫や賄賂で抑え込んで、拷問とは直接関係のない心臓麻痺による死と報告させる。
 全斗煥大統領の息のかかった南営洞の横暴に憤懣やるかたないチェ検事(ハ・ジョンウ)はごまめの歯ぎしりをするが、結局は首になってしまう。しかし、役所を去る時こっそり検視情報を残し、記者に拾わせる。報道を受けて所長は拷問に参加していた刑事を“トカゲの尻尾きり”の伝で処理しようと画策する。
 その刑務所に、民主化運動に参画している看守ハン(ユ・ヘジン)がいる。公安組織たる南営洞は民主化運動の幹部を追い詰めようと、その拠点である仏教寺院で発見した看守を逮捕して拷問するが、逮捕前に彼が拷問犯人情報を記した雑誌をノンポリの姪ヨニ(キム・テリ)が新しい拠点の教会にいる運動の幹部に届けたことから、南営洞は崩壊していくことになる。
 ヨニが偶然知り合った学生イ・ハニョル(カン・ドンウォン)は同年6月の民主化デモの際に催涙弾に当たって死ぬが、一連の運動は民主化を遂に勝ち取るのである。

ヨニの終盤の活躍が些かフィクション臭いが、映画として特段問題というわけではない。それどころか、人物の配置やお話の進め方がタイトでがっちり、ヨニの終盤の活躍に手に汗を握り、義憤にかられながら、お話の推移を見守ることになる。韓国大衆映画は潜在力が高いのでギャグさえ回避してくれれば僕は鑑賞本数を増やしていくことになるのだが、なかなかそうなってくれないのが実情。

南営洞(警察)の活動は戦前日本の特別高等警察(特高)もかくやと思わせる。ただ、日本映画に出て来る特高は逮捕時にここまでひどい暴力を駆使しないし、まして家族にあれほどひどい対応はしない。実際も恐らくそんな感じだったのだろうが、その程度でも日本無謬論者の一部右派は“自虐史観”などと仰る。馬鹿言っては困るよ。

韓国の特殊性は、政府機関同士の不仲にある。これがあるから大統領と雖もそうそう枕を高くして眠れない。あれほどの権力を誇った全斗煥も獄中の人となり死刑寸前にまて行った。北朝鮮にはそれがないから、外国が何かをしかけない限り体制が続く可能性が高い。だから金一族は外国の攻撃を恐れるのである。

日本に比べて韓国がこの手の政府やその機関の旧悪を堂々と描けるのは民主主義が進んでいるからではない。1987年民主化を勝ち取った韓国国民の成功体験が基にある。韓国当局はそれを知っているから、政府も検察も裁判所も国民の意見を非常に気にする。つまり、かの国では国民が一番強いから、こういう映画が作れるのである。
 翻って、日本人は江戸時代からお上には頭が上がらないという意識があると言われ、国民主権と言われる現在でも国民はそれほど強くない。三権分立でも日本は国民が一番頼りたい司法が非常に弱い。特に最高裁は行政府に忖度することが目立つ。
 余り国民が強すぎてもポピュリズムにより愚策が通ってしまう可能性があるからダメで、日本と韓国の中間くらいが理想的と思う。国民の大半が納得していないモリカケ問題は徹底的に調べられ、関係者は尽く糾弾されたであろう。逆に、徴用工に相当する裁判が日本で行われたなら政府に忖度して違う結果となるはずである。

文大統領が問題のある法務大臣任命を強行したのは、強すぎる検察の弱体化とも言われている。しかし、国民が反発すると墓穴を掘ることにもなるのでかなりの賭け。田原総一朗氏は先月の『朝まで生テレビ!」で、“文氏は来年選挙に負けたら逮捕されること必定”と言っていた。

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