映画評「コーヒーが冷めないうちに」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・塚原あゆ子
ネタバレあり

昔は時間を移動すれば何でもタイムスリップものとかタイムトラベルものとか言ったが、現在では昔の自分と会うことのない本作のようなタイプはタイムリープものと言うことが多くなったらしい。

本作の仕掛けは、純喫茶の一つの椅子が一種のタイムマシンであるということ。喫茶店に入ったことのない人には会えない。つまり再会するのはいつも喫茶店である。喫茶店の女性がいれたコーヒーが冷めるまでに飲み干すこと、さもないと亡霊となる。そんな条件が揃って初めてタイムトラベルが可能になるのである。

その喫茶店は代々ヒロイン有村架純の一族が経営してきた店で、コーヒーをいれるのは現在彼女の役目。それを狙って数名の老若男女が通っているのだが、タイムマシンに当たるその椅子はいつも中年女性石田ゆり子が占めている。店の人が言うには彼女は戻れなくなって亡霊となった人物で、時々トイレに行く。何故トイレに行くかと言えば、作劇的には、他の人にタイムトラベルをさせる為である(笑)。

過去に行って何をしても何も変わらないというのが前提なのだが、それでもこの体験をした波留、松重豊、吉田羊は満足する。何となれば再会の目的を果たしたり、それによって真実を知ることで自らのわだかまりを一掃し考えを変えることができたからである。

やがて実はここまでは序論であり、石田ゆり子が架純ちゃんの母親であり、自分のせいで彼女が亡霊になったことに自責の念を覚える架純ちゃんの巻が本論ということが判ってくる。ところが、彼女を昔に届ける手段はないのである。何故ならその資格のある女性は現在彼女ただ一人で、自分で入れても効果が及ばないのだ。
 しかるに、彼女は喫茶店の常連の若者・伊藤健太郎君と懇ろになり妊娠する。事実関係を知った伊藤君はある秘策を思い付く。その秘策は、彼が思い付く前に、ある程度の勘を持つ人なら想像できる内容で、要は彼はその思いを十年ほど持っていたということになる。作品の性格故に詳細は伏せておきましょう。

本作の立場はタイム・パラドックスを発生させないのだが、厳密に言えばこの秘策はタイム・パラドックスを内包している。過去に起きたことは変わらないのだが、現在や少し先の未来も遥か先の未来から見れば過去であり、その秘策が過去たる現在に影響を与えているからである。ただ、一般的なタイム・パラドックスとは少し違う。

総じて悪くない内容とは思うものの、小手先の感は否めず、大きな感動を覚えるまでには至らない。

僕の好きなタイム・ループ(タイムリープではない)もの「ターン」という作品を思い出しましたな。

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