映画評「パティ・ケイク$」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年アメリカ映画 監督ジェレミー・ジャスパー
ネタバレあり

フラッシュダンス」+「8 Mile」÷2が本作である。両方とも観ていれば内容は自ずと知れるが、一応簡単に書いておきましょう。

ニュージャージーのさびれた街。アル中の元ロック歌手志願の母ブリジット・エヴェレット、認知症の出始めた祖母キャシー・モリアーティと暮らす太っちょ娘ダニエル・マクドナルドは、売れっ子MCのO-Zをアイドルとするラッパー志願。街の若者からダンボと揶揄われながら、インド系青年シッダルト・ダナンジェイとコンビを組んで製作に勤しみ、さらに謎めいた黒人青年マムドゥ・アチーという強力な仲間を得るが、夢と現実の間で悪戦苦闘しているというのが実際。
 ケイタリング会社のバイトを得ると幸運にも憧れのO-Z宅での仕事が巡ってくる。そこで仕事を利用して自分をアピールするが、“偽物”とすげなく否定されてしまう。が、有名DJにデモCDが気に入られてコンテストに出るチャンスが巡ってくる。結局このコンテストでの優勝はならずも、DJはラジオで彼女たちの曲を紹介してくれるのだ。

音楽としてのラップは単調なので殆ど聴かない。

以前ラップは“音楽である前に文学である”と言ったら、通りすがりの人にラップの環境や歴史を理由に“適当なことを言わないでほしい”と言われた。僕の使った“文学”は言語を使った表現という意味に過ぎなかったのを彼が勝手に誤解したのだが、実際に文学でもあるだろう。
 何となれば、ラッパーはライム(押韻)という文学用語を使い、ポエトリー・スラム同様に音楽なしの詩だけの対決もしたりする。ラップではないが、ボブ・ディランはノーベル文学賞を受賞したし、将来ラッパーの中からこの賞を受賞する者が出ないとは断言できない。下品な詩(歌詞)も多いが、下品さは文学たる要件に反するものではなく、本作でヒロインが放つフレーズはなかなか優れているように思われる。

さて、本論に戻る。
 音楽にさほど興味が持てず、出て来るのがおデブちゃんばかりで暑苦しく、どうもすっきりしない気分で観ていたが、彼女が真面目に仕事に取り組む様子が存外爽やか、何よりも家族関係が良いのが良い。おデブちゃんの例に洩れず、母親はひどく怠惰で観客として不快になりかねないところがあり、二人の関係も良く見えないが、そんな単純に断定できるものではないことが終盤明快に判ってくる。

美容師の資格を持つ母親の手により髪を染めコンテストの本番に臨んだヒロインは、母親のデモ・レコードをリミックスした演目を披露する。これが実に感動的で、しかもコンテストを見学に来ていた母親が最後に“共演”する。この場面に僕は思わずじーんとした。直前に亡くなった祖母との関係を含め、最終的に一家三人の絆が浮かび上がり、これがラップの三人組の絆にも敷衍し、生活感に立脚した半成功物語となっている。

認知症ばあちゃんがキャシー・モリアーティとはエンドロールを見るまで気づかなんだ。製作当時56歳くらいだが、役とは言え随分老け込んだなあ。

品詞と語尾の関係が希薄な英語の脚韻は非常に美しい。語尾が(用言の)品詞を規定し、用言が文末に置かれる日本語では脚韻の美しさが出にくい。体言止め、外国語の導入など優秀な人々が色々と工夫してはいるが、同じ品詞に逃げることが多くなりがち。

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