映画評「サニー 永遠の仲間たち」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2011年韓国映画 監督カン・ヒョンチョル
ネタバレあり

ご贔屓広瀬すずが主演する映画なら大概観るので「SUNNY 強い気持ち・強い愛」という作品を鑑賞予定に入れた。ところが、これが韓国映画のリメイクということだったので、例によって例の如く前半大いに笑わせて後半しんみりという泥臭い作りと予想しつつ比較の為にこのオリジナルを観ることにしたのである。

先日「タクシー運転手~約束は海を越えて~」で韓国映画のそうした作りが日本映画に影響を少し与えている傾向が見られるので、“グレシャムの法則”を引用して“悪貨が良貨を駆逐する”ことにならなければ良いが・・・と述べたところ、通りすがりの人から“自分が気に入らないことは悪ですか”と言われた。この意見が間違っていることに気付いて貰わないと困る。
 芸術として演劇や映画を考え楽しむ人において、トーンが一貫しないこと、性格が不明瞭なことはいけないというのは、演劇が誕生して以来2500年に渡って名のある批評家、評論家、作家が認めて来た定まった観念であり、芸術としてそうした作りは程度の低いこと即ち悪なのである。僕の好き嫌いとは関係ない。つまり、殺人は僕が気に入らないから悪なのではなく、殺人が悪であるから僕は気に入らない、の言うのと同じ事なり。

ソウルの専業主婦ナミ(ユ・ホジョン)が入院中の母親を見舞いに訪れた病院で、かつて“サニー”という名称で徒党を組んでいた女子高不良グループのリーダーだったチュナ(チン・ヒギョン)を病床に発見、末期がんで2ヶ月しか生きられないと知り、かつての仲間5人を見つける行動を始める。というストーリーを通して、彼女たちの高校時代のやんちゃな行状と予想とは違う人生を送っている現在とを交互に描き出し、最終的に様々な事件を通して彼らが育んでいった友情を浮かび上がらせる内容。

韓国友情ドラマとしては不良少年たちの過去と現在を描いた「友へ チング」(2001年)より上出来なくらいで、最後の葬儀場面もその友情ぶりにじーんとしてしまうが、やはり前半に集中・頻発するギャグ的場面が大いに足を引っ張る(本作の場合、希望のある明朗な幕切れなのでそのマイナスは限定的であるとは言えるかもしれない)。
 笑わせることのみに特化するギャグは、他の感情を内包している可能性のあるユーモアと似て全く非なるものである。明朗やユーモアに留めれば良いものをギャグ的にドタバタにしてしまうから韓国大衆映画はダメなのである。本作で一番ダメなのは、探偵がへまな雇用人を殴りに行くお笑いを何度も繰り返すところだ。単発でもダメなのにくどいのはなおいけない。本作の中でも“同じ事の繰り返しで全くダメだ”という台詞がある。自虐だったのかね。

日本版がこういう作りになっていないことを祈る。

少女時代のナミを演じるのはシム・ウンギョン、同チュナはカン・ソラ。

韓国映画が本格的に日本に紹介され始めた20年ほど前には前半喜劇・後半シリアスという作りの作品は全く見られなかった。輸入配給会社がそういう作品を避けていたのか、ある時に突然そういう作りが定着してしまったのか? 僕は前者であると思うが、さて真相は。

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