映画評「タクシー運転手~約束は海を越えて~」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年韓国映画 監督チャン・フン
ネタバレあり

2007年製作の韓国映画に「光州5・18」という実話ものがある。タクシー運転手の視点でほぼ無垢と言って良い人々が大量に全斗煥少将(後の大統領)の軍隊に殺された光州事件を見るという内容で、別の人物であるが、本作が扱うのもまたタクシー運転手の眼を通して見る光州事件の様相であり、まあ同工異曲と言って良い。違うのは、運転手即ちキム(ソン・ガンホ)がソウルから光州に連れて行くドイツ人ジャーナリスト即ちユルゲン・ヒンツペーター(トーマス・クレッチマン)という非常に重要な人物を絡ませていることである。

病弱だった妻を数年前に亡くし、タクシー運転手になった彼は一人娘を育てる為に懸命に働くが大した収入にはならない。ある時同僚の儲け口を小耳にはさんだ彼は抜け駆けして儲け口即ちピンツペーターを光州に届ける仕事を引き受ける。彼はノンポリで光州でデモが起きて道が封鎖されていることなど知らない。
 警備の軍人を騙して中に入った彼は、人々が軍隊に襲撃されている信じがたい光景を目にする。彼自身もジャーナリストを連れて来たとして暴行を受けるが、その晩を何とか過ごし、大金を貰ったので朝方娘の待つソウルに帰ろうとするが、帰途の道で見たTVニュースが余りに実際と違うことから問題意識を持ち、引き返して負傷者救出に活躍、軍人が迫ってくる中、真実を伝えるべくジャーナリストと共にソウルを目指す。

開巻後50分以降はサスペンスフルであり、義憤に駆られ、ヒューマニズムにも溢れ、なかなか良い映画である。中盤以降で多少気に入らないのは、光州のタクシー運転手たちが彼を逃すべく一致団結して駆けつける一連の描写。大衆的というよりは通俗的すぎる扱いで僕には買えない。この過剰な扱いがなければ中盤以降の80分ほどは「キリング・フィールド」(1984年)に匹敵すると言っても良い内容だと思う。

しかし、この映画を余り高く評価できない最大の理由は、「光州5・18」同様、50分までの過剰なコメディー傾向である。WOWOW【W座からの招待状】の案内人であるイラストレーター信濃八太郎氏が“落差が凄い”という主旨の発言をされていたが、韓国映画がダメなのはその落差或いは振幅狙いの作劇なのである。これは余りにも幼稚な原始的な手法であり、アリストテレス以来の演劇観(トーンの一貫性や純度の高さ)を信奉する僕としてはほぼ許しがたいことに当たる。

確かに主人公は何も知らないわけで、緊張感がないのは良い。しかし、タッチとして明朗に留めるべきところをお笑いにしてしまったら、その気分を引きずることで悲劇性やシリアスさが殺がれてしまう。それを振幅と考えることは僕にはとても出来ない。欧米は勿論日本でもまずはありえない作劇なのである(一部の日本映画に最近この悪影響が及んでいる。【悪貨は良貨を駆逐する】の類にならないことを祈る)。韓国大衆映画が独自のこの作劇法を抜け出た時に韓国は真の映画先進国になる。
 日本の映画ファンには、かつてより、韓国映画が日本映画を凌いでいると言う人が少なくないが、洗練度ではまだまだ。カンヌ映画祭でポン・ジュノがパルム・ドールを獲ったと騒がれていても、彼やキム・ギドクのような純文学タイプの映画作家の作品群と韓国大衆映画の水準とは全く別の次元の話である。

昨日のバス運転手に続いて今日はタクシー。一昨日はエクスプレスでも急行列車ではなかったけどね。

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この記事へのコメント

ドファン
2019年06月08日 14:15
自分が気に食わないモノは悪ですか・・・
オカピー
2019年06月08日 15:32
ドファンさん

逆です。
 気に食わないモノが悪なのではなく、悪(この表現は僕の使った悪影響から来ているのでしょう)=不適当だから気に入らないのであります。

日本が劇映画を作るようになって110年以上経ちますが、こういう極端な作り方の映画は殆どない。それが良い手法であるならば大昔からやっているでしょうよ。論より証拠というやつです。

2350年前のアリストテレス以来、トーンや性格の一貫性はドラマツルギーの正しいあり方とされ、古今東西の哲学者・評論家・劇作家・映画作家・小説家がこれに則っております。稀に例外的に成功例もありますが、本当に稀ですよ。
 僕はアリストテレスやシェークスピア、ラシーヌやコルネイユ、レッシングや双葉十三郎先生が間違っているとは思わない。それだけのことです。

韓国が真の映画先進国になるにはこの振幅手法を超える必要がある。キム・ギドク、ポン・ジュノ、イ・チャンドンが良き例です。インド映画がかつての巨匠サタジット・レイが良き例を示したようにミュージカル要素を排除した時にそうなるのと同様に。因みに僕はミュージカル・ファンですよ。ミュージカルは純粋にミュージカルとして作らなければならない。これがアリストテレス流の考えです。

とりあえずアリストテレス「詩学」を読んでみてください。

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