映画評「ダリダ~あまい囁き~」 

☆☆★(5点/10点満点中)
2017年フランス映画 監督リサ・アズエロス
ネタバレあり

今60歳以上の洋楽ファンの方なら少なからぬ人がダリダの「あまい囁き」を憶えているだろう。アラン・ドロンの台詞入りで日本でも結構売れたのだった。あれからほぼ半世紀。少年だった僕もすっかり昔を懐かしんで涙する年になった。しかし、そうですか、ダリダは随分昔に自殺でお亡くなりになっていましたか。知らなかったなあ。

彼女の最初の自殺未遂からお話は少女時代からほぼ編年スタイルに語られる。昨今の伝記映画としては珍しいくらい素直な作り方である。

彼女(スエヴァ・アルヴィティ)はエジプト出身のイタリア人で、1956年フランスのラジオ芸術監督ルシアン・モリス(ジャン=ポール・ルーヴ)に見出されて歌手デビュー、大々的な成功を収めると共に彼の妻となる。その後画家との不倫を取り沙汰された後、1967年楽曲を提供してもらったシンガーソングライターのルイジ・テンコと恋に落ちるが、彼が自殺し、それを追ったのである。
 ここまでが前半で、ルシアンと切れた彼女は弟ブルーノ(リッカルド・スカマルチョ)のサポートで独立して歌手活動を続け、亡きルイジのファンという若者ジャン・ソビエスキー(ニールス・シュネデール)とまたまた恋に落ちる。が、彼の子供を妊娠したものの若き彼の将来を奪ってはいけないと彼と離れた挙句に中絶する。しかしその為に彼女は子供を持つのが難しい体になる。
 1972年錬金術師を名乗る二枚目リシャール(ニコラ・デュヴォシェル)と恋に落ちるのだが、この時に待ってましたとばかりにかの「あまい囁き」がかかる。アラン・ドロンとリシャールの囁きがオーヴァーラップし、個人的にはこれがこの作品のハイライト。しかし、数年後意外にスケールの小さな男だった彼は何だかよく解らない理由で自殺(未遂?)し、その前にルシアンも自殺で失っている彼女は遂に彼らを追う道を選ぶ。1987年のことである。

彼女自身の問題もあっただろうが、思うに、最初の伴侶ルシアンが彼女の子供を持ちたいという願望を叶えてあげていたら彼女の人生は相当変わっていたのではないか。プロデューサーたるルシアンは売れているうちが花なのよと美人歌手としてのイメージを優先したのである。恋多き女という見かけながら、それが実際だったように思う。
 或いは、フロイト的に言えば、その死を願った厳しい父親が戦時中にあらぬ疑いをかけられて逮捕され実際に死んだことも彼女の恋の遍歴には関わってくるだろう。死の影はその後ずっと続くことになる。
 この辺りが映画としての陰影となって一定の効果を発揮しているのだが、全体的にドラマとして水準的な出来のように思う。バラエティに富んだ相当数の曲が掛かるので退屈はしないのだが。

“聞き覚えがある曲があるので幼少の頃聴いていたのだろう”というある投稿者のコメントはダリダの曲という意味で言っているのであれば間違っている。60年代までの曲は外国曲のカバーである。「サテンの夜」(英国ムーディ・ブルース)、「コメ・プリマ」(伊国トニー・ダララ、「バンバン」(米国シェール)、「悲しき天使」(英国メリー・ホプキン、原曲はロシア歌謡曲)、ベサメ・ムーチョ(メキシコ)など。日本でも大ヒットした曲ばかりで、1960年代までは色々な国の人が色々な国の曲をカバーしていたものだ。

別の曲名をサブタイトルにしたほうが良かったという人もいらっしゃるが、ダリダのオリジナルとして日本で最もよく知られたこの曲の邦題を取るのは、ターゲットが熟年層らしいので極めて妥当。

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この記事へのコメント

モカ
2019年06月26日 14:42
こんにちは。 ダリダ?誰? 甘い囁き? → youtubeに直行
はい、わかりました。パローレ パローレ パローレ~
この頃こういう囁き系デュエット流行りましたね。ジェーン・バーキンのジュテーム
とか・・・他は思い出せない・・・
ダリダって映画になるほど有名人だったんですかね。
個人的には、ジリオラ・ティンクエッティやヴィッキー、ミーナとか好きですね。
昔のシングルレコードの歌詞カードはイタリア語の上にカタカナでルビがふってあって、一緒に歌ってました。イタリア語は母音で終わるから結構分かりやすいですね。
フランス語は難しい。
オカピー
2019年06月26日 19:55
モカさん、こんにちは。

>ダリダ
フランスでは相当有名らしいですね。美空ひばりとまでは行かないけれど、都はるみくらいは行くのでは?

>ジリオラ・ティンクエッティ
「雨」をよく聞いた憶えがあります。今イタリアの歌手が日本で売れるなんてことは考えられませんが、60年代は違いましたね。日本語バージョンもありました。
 ミーナは先頃亡くなった森山加代子が日本語でカバーした「月影のナポリ」の印象が強いデス。

>イタリア語
は日本人には発音しやすい。その逆もまた真なり。ヒデとロザンナのロザンナの日本語は早くから上手かった。

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  • ダリダ あまい囁き

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