映画評「Vision ビジョン」

☆☆★(5点/10点満点中)
2018年日本=フランス合作映画 監督・河瀬直美
ネタバレあり

あん」「」と解りやすい作品を作ったので方針変更したのかと思っていた河瀬直美が良くも悪しくも原点回帰したような新作。

フランスの紀行作家ジュリエット・ビノシュが留学中の日本人女性・美波に伴われて奈良県吉野へビジョン(vision)という植物を探しに訪れ、山守の永瀬正敏と出会い、彼の家を暫しの宿としてもらう。自分は1000年前に生まれたという妙な老女・夏木マリと、1000年に一度胞子を飛ばすというビジョンを探すジュリエットは互いの言葉を解らずとも意思疎通ができる。

序盤はなかなか良い。疲れて山に来たという永瀬が英語を解することから彼が都会のインテリであることが説明なしに解る。全てこの調子で行けばよいのだが、後半見ている当方の集中力が続かないということもあって不親切な作りと思ってしまい、相当混乱する。7割方は河瀬監督の責任と思う(笑)。

彼女が一旦フランスへ戻った後、山守は山で怪我をしていた若者・岩田剛典を発見、色々と便利に使っていると、ジュリエットが戻ってきて、若者に強い関心を示す。
 比較的早いうちにジュリエットが昔の恋人をフラッシュバックするが、それを忘れた頃にその人物・森山未來がジュリエットと親しく話している場面が出て来て、時系列がよく解らないので僕は大いに混乱、そのうち彼が猟師に間違って射殺されてしまう場面になる。ジュリエットが子供を産み捨てて帰国してしまう。夏木マリがその子をある老人夫婦の家に置いてくる。それが20年前にこの森に来たジュリエットの体験であり、岩田剛典は彼女に“母さんなの?”と訊く。

時系列通りに語ればぐっと解りやすくなったお話だが、そうしたストレートな流れでは作者の狙った生と死と時間との関係に関する観想が上手く表現できかねる感じがあるので、時系列を操作してお話を構成したこと自体は問題ではない。不自然なところが多いのが問題なのである。
 例えば、序盤のうちヒロインはいかにも初めて吉野を訪れたような雰囲気を漂わす。永瀬は20年前に彼女とすれ違うように森へ入って来たので互いに知らないのは不思議ではないが、そうした流れであれば“では私が出た後入って来たのね”とジュリエットが言ってしかるべし。夏木マリとも知り合いの筈なのにそんな感じが一切出て来ない。わざと解りにくく作っているとしか思えない。

例によって素人に本人の言葉で語らせている場面があるのも好かない。プロの俳優が自然とは雖も演技をしているのとどうしてもムードが違って来る。僕は、ロベルト・ロッセリーニの昔からこういうのを“演技の混在”と言っているが、百害あって一利なしではないかと思う(そうしたドキュメント的要素を使わないとリアリティーを感じない、若しくは感じさせられないと考えるのであれば、それは映画の作り物という属性を直視していないことになりはしないか)。その素人の発言で“昔学者が調査に訪れた”というのは恐らくヒロインに関連付けられるのだろう。

生と時間をテーマとした近作にドニ・ヴィルヌーヴ「メッセージ」がある。SFというパッケージのせいもありぐっと面白く観られたかの哲学的作品と比べて本作は余りに高踏的すぎる。例によって森の映像と音楽は抜群に美しいが、「光」のようにもっと映画言語的に上手く語ってもらいたかったと思う。

河瀬監督はどんなオリンピック記録映画を作るのか。怖い気もするねえ。市川崑ちゃんでさえ相当批判されたからねえ。また右派全体主義者が騒ぐのではないか。

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