映画評「マッド・ダディ」

☆☆(4点/10点満点中)
2017年アメリカ=イギリス合作映画 監督ブライアン・テイラー
ネタバレあり

ニコラス・ケイジ主演映画シリーズ第3弾はホラー映画。お話の新味という点では一番であるが、行動原理や行動心理学という観点を全く無視しているので、それほど高く評価できない。

高校生の娘アン・ウィンターズ、小学高学年の息子ザッカリー・アーサーを持つ50代と思われる夫君ケイジと40代の妻セルマ・ブレアから成る一家のお話であるが、別にどこの家でも良い。たまたまこの家に焦点が当たっただけである。
 生意気盛りのアン嬢が母親の財布からお金をちょろまかして学校へ行ったその日、試験中に生徒が親に呼び出される案件が頻発。やがてその他の親が外のフェンス越しに殺気立って集まって来る。やがてフェンスを乗り越えて彼らが構内に殺到、自分の子供たちに襲い掛かる。アンはびっくりして帰宅するが、中国人の家政婦は娘を殺し、弟は二階で隠れている。
 妹の出産に立ち会っていたセルマは妹が生んだばかりの赤ん坊を殺そうとしたのに吃驚、病院に赤子を預けて帰宅する。その時までは冷静だった彼女もやがて子供達を殺そうとし始め、そこへケイジが加わり、親VS子供の戦いが始まる。

こんなに細かく書く必要のないお話だが、一応書いておきました。
 着想は星新一のショート・ショートを思い起こさせる。僕のお気に入りに「ネチラタ事件」というのがある。ある朝起きると丁寧語と悪口雑言の関係が(ある菌により)逆転してしまい、それに感染しない主人公は大弱りという人間の感覚というものの脆さを揶揄したような内容であったが、本作は自分を理解せず我儘を言い張る子供に対する親の本音が現実化したらという What if ものである。

星新一が実験中の菌が洩れたという原因を作っているのに対して本作は原因も理由もない。発端が解らぬもののどうも感染していったような感じで、集団心理の怖さも交えているようではあるが、その発端が解らないのでは怖さに具体性を伴わないため本当の恐怖に昇華しない。
 それどころか、ケイジが子供を襲っているその時に彼の両親が訪れて、子供であるケイジを襲い追いかけっこのような状態になるところは思わず笑ってしまう。現にIMDbはジャンルの一つとしてコメディーと認識している。結果的に、本作で一番面白い(興味深い)シークエンスとして楽しむことが出来た。

ヒッチコックの「」の襲撃も正確な理由は解らないが、あれは心理的要因のない鳥だから理由がはっきりしなくても優れた映画になったのである。

この手を使って夾雑物を詰め込めば、星新一のショートショートも長編として映画化できますな。

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