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zoom RSS 映画評「太陽の王子 ホルスの大冒険」

<<   作成日時 : 2019/05/05 09:41   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1968年日本映画 監督・高畑勲
ネタバレあり

宮崎駿や高畑勲が関わっている作品として題名は良く知っているが、若い頃は避けてきたアニメだけに実際に観るのは初めて。

病弱な父親と人里離れた場所で暮らす少年ホルス(声:大方斐紗子)が巨大な岩男の体から刺さった剣を抜き、岩男から“その剣を鍛え使いこなせるようになったら【太陽の王子】になるだろう”と告げられる。
 他人との接触を臨終の父親から求められた少年は、その能力を気に入った悪魔グルンワルド(声:平幹二朗)の要請を断って、ある村に辿り着く。大なますをやっつけた彼は村の英雄になるが、謎の少女実は悪魔の妹ヒルダ(声:市原悦子)に騙され、追放の憂き身に遭う。
 が、苦痛の旅の最中に剣を鍛えるヒントを得て村に戻ると、村人の力を結集して剣を鍛え、巨大マンモスを率いて襲来したグルンワルドと対峙する。そこへ約束通り岩男が現れ、形勢が変わってくる。

脚本にはどちらも絡んでいないのに、監督をした高畑勲やキャラクター・デザインを一部担当した宮崎駿に関し、“栴檀は双葉より芳し”ということを強く感じさせる作品。それだけ二人が後年作る作品群の影が随所に見えるのである。

これに関して、Allcinemaの最後の投稿者が、“使い回しばかり、何が巨匠だよ”(概略)ととんでもない意見を述べている。本当は逆と言うべきで、使い回し、正確には焼き直しをするのは寧ろ巨匠の条件なのである。小津安二郎もヒッチコックもベルイマンもフェリーニも黒沢明も焼き直しを、それも一度とはなく、やっている。ゴッホもダ・ヴィンチも同じテーマで何度も絵を描いている。歌手でも俳優でも、色々違うことを幅広くカバーできることが価値のあるように言われるのをよく耳にするが、それは器用貧乏になりがちで本人の為に必ずしも良いことではない。使い回しをするような信念あるいは個性のないサラリーマンみたいな人間が真の芸術家になれるわけがないのである。

元を辿ればアイヌ伝説に因るお話らしいが、抜いた特別な人間を王位に就かせる剣という設定には今でも人気のアーサー王伝説から拝借したような印象があってなかなか興味深い。ヒルダというヒロインの複雑な性格造形も半世紀前のアニメ作品と考えると、相当現代的である。
 他方、展開が速くて拙速に陥っている点が気になる。例えば、一度離反した村人の心が帰還したホルスにすぐに戻って来てしまうところなどまるで呆気なくて大いに物足りない。僕がずっと言って来たように、テンポが速いことが映画的に良いとは限らないのである。

器用貧乏と言えば、それでスターになれなかった野球選手も多いね。

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太陽の王子 ホルスの大冒険
岩の巨人モーグから太陽の剣を託されたホルスが、人間達の住む村を目指して旅をする…。 宮崎駿・大塚康生のコンビに、高畑勲の演出で作り上げた冒険ロマンアニメ。 ...続きを見る
象のロケット
2019/05/08 01:03

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