映画評「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・李闘士男
ネタバレあり

ハンドルネームK.Kajunskyなる人物が【Yahoo!知恵袋】に投稿した質問が発展して映画にまでなった。「電車男」より珍なる経緯と言うべし。

40歳くらいのサラリーマン安田顕が帰宅すると、一回り年下くらいの妻・榮倉奈々が口から血を出して倒れているのを見てビックリするが、やがて彼女の偽装死と判明する。しかし、この後も彼女はワニに噛まれて死んでいたり、矢に貫かれて死んでいたり、毎日偽装死を試みる。
 バツイチの彼は彼女と出張先でバス停で知り合い、結婚して3年目。会社の後輩・大谷亮平にその話をすると楽しんでくれるが、後の展開を考えると大谷君には我が身を顧みる問題でもあるらしい。
 主人公としては彼女が日中孤独に苛まれているのだろうと、バイトを探してやったり、大谷君の細君・野々すみ花を紹介したりするが、偽装死の類(偽装死はやめてくれと言ったら類似の方法に転換しただけ)は終わらず、意図を聞いても“月が綺麗ですね”と答えるだけ(寝言でも言っている)。
 やがて静岡で妻の死後一人で彼女を育てた父親・蛍雪次朗が心筋梗塞で倒れた為、夫婦で駆けつける。老人は、妻の死後、幼い彼女がかくれんぼを始めた、慰めるつもりだったのだろう、と婿に言う。
 安田氏は妻の部屋に日本文学便覧という本を見出し、夏目漱石に彼女の意図を見出す。

軽(かろ)みが良い。【軽み】は松尾芭蕉が考え出した理想的な俳諧を示す概念であるが、さらりとした表現に深みを感じさせる境地といった意味である。世界の長い映画史の中でもこの言葉を当てはめたくなる作品はなかなかないのだが、本作にはそう言いたくさせるものがある。

彼女の言う“月が綺麗ですね”は夏目漱石が"I love you."の訳例として言ったという都市伝説に基づくものだが、これに彼が気づいて彼女がいつも"I love you."と言っていたと夫君が気づく落ちで、伏線の回収がなかなか上手く行われている。
 これに類するのが彼女の偽装死の大本が幼女時代のかくれんぼにあったというところも回収がうまく機能している。幼女時代のそれは幼女ならではの、悲しみを背負い疲れた父親を慰撫する行為であったわけだが、漱石の逸話を考え併せると、大人になった彼女のそれは慰撫であると共に(あるいはそれ以上に)彼女の愛情表現だったということが解る。
 父親を見て育った彼女の処世術でもあり、誰でも或いは誰相手にもこれができるわけではない、ということを、後輩夫婦の顛末と照らすことで表現するという内容。

かくも論理的で解りやすい作劇であって、“解る人にだけ解れば良いという製作態度は不親切”というある人のご意見はずれている。この程度のものが解らない人は単に理解力が不足しているだけである。
 回収が上手く行われていると書いたように、“ストーリーが行き当たりばったり”(ある一つの意見)というのも見当違い。“月が綺麗ですね”なんて遠回しに言わいないでストレートに言えば良い、という意見もどうか。それこそ含みがなく、わざわざ映画にする意味がないであろう。映画くらいは少しは頭を使って観ましょうよ。

漱石の逸話は事実ではないらしいが、いかにも漱石らしい。

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  • 家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。

    Excerpt: 会社員の夫じゅんが仕事を終えて帰宅すると、妻ちえが口から血を流して倒れていた! 動転するじゅんだったが、実は死んだふりをしていただけ。 そしてその“ふり”は、次第にエスカレートしてゆく。 最初は呆れて.. Weblog: 象のロケット racked: 2019-05-18 11:04