映画評「DISTANCE/ディスタンス」

☆☆★(5点/10点満点中)
2001年日本映画 監督・是枝裕和
ネタバレあり

是枝裕和の一つのスタンスとして実際にあった出来事をヒントに物語を作るというのがあるが、その嚆矢となったのが第3作に当たる本作らしい。作家として著しい進境を遂げたと思う「誰も知らない」(2004年)で、近作「万引き家族」と続く。とりあえず、お話。

今回の着想源は、オウム真理教によるサリン事件である。

ある夏の日。4人の男女即ちARATA(現:井浦新)、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣がある駅(長野県か山梨県であろう。帰る時に乗っていた路線は小海線)で集合し、山奥の中車を走らせある湖に向かう。ここまで30分かかるが、人物の背景・関係・目的が全く解らない為に非常に退屈である

湖に花を手向けて手を合わせて帰ってみると、乗って来た車がない。近くに置かれていたバイクも消えている。山奥なので帰るのに困っているとそのバイクの持主らしい若者・浅野忠信が現れる。上映開始後40分、彼らが一緒になることでやっとお話めいたものが出て来て面白くなってくる

四人は水源に毒を入れて数百人を殺した末に幹部の手により抹殺された挙句に灰となって湖にばらまかれた狂信的団体の実行犯の家族で、実行から逃げた元教団信者である浅野の案内で関係者が使用したロッジで一夜を明かすことになり、様々な会話を交換すると共に事件前のことを回想する。

同じように加害者の家族の立場が絡んできた二日前の「友罪」と違ってこちらは被害者との関係性は一切絡んでこない。是枝が命題にしたのは加害者の家族そのものである。理解していると思っていた家族の心が実は少しも解っていなかったと気付く他の家族の心理を描くことで、家族とは何かを描くのである。「万引き家族」をネガポジ反転したような命題設定と言えようか。

最後湖の近くで家族の写真を焼くARATAは実行犯の家族ではなく、実は自殺した教祖の息子である。すると、姉(実行犯)と称するりょうは恋人か何かで、りょうの父親が彼が介護施設に訪れていた老人ということになろう。教祖は家族を分解し、切り離された息子ARATAはごく一般人として過ごしていたのではないか。
 犯行後に警察が彼らに聴取する場面があるのにその辺りを全くはっきりさせないのは勿体ぶって良くないと思うし、舌足らずという印象を持つが、野心作と評価できるところはある。

それにはセミ・ドキュメンタリーならではの作り方も含まれる。ヌーヴェルヴァーグが好んだ即興演出で作られているのはよく解るのだが、この手法は、前に何かの映画評で指摘したように、劇映画において即興的な台詞や台詞回しは逆に映画的に不自然に見えるという欠点があり、本作では露骨にそれが感じられてしまう。

ところが、是枝監督は後続の作品ではセミ・ドキュメンタリーの質感を残しながらこの欠点を取り除くのに成功した。「万引き家族」には作られたドラマの巧さとドキュメンタリーの自然さが共存している。「歩いても 歩いても」(2007年)以降の彼はこの点実に凄いと僕は思うのである。

最近スポーツ中継で、“きょりかん”という不思議な言葉を耳にする。僕が初めて聞いた20年前は間違いなく“距離感”であったと思う。しかし、最近は発言内容を考えると、多くは“距離間”である。距離も間もほぼ同じ意味だから“馬から落馬”みたいな感じに聞こえるのだが、アナ氏・解説者は疑問を感じないらしい。

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この記事へのコメント

浅野佑都
2019年05月15日 16:55
>即興演出
相手の反応は読めない割に結構いい感じに仕上がってるなと思いました。勝新太郎の「警視K」などもっと酷く台詞も満足に聞き取れないほどでした。
 巷を騒がせている佐藤浩一 百田直樹のツィートの件
反佐藤派のホリエモンなどは、文脈を読めれば酷いのは佐藤浩一だといつもの彼のレトリックですし、ラサール石井など擁護派は百田に対して「三流愛国者」と素人のような芸の無い返しを(笑)
まず、総理大臣役の佐藤が「体制側の立場を演じることに対する抵抗感がまだ僕らの世代の役者にはある」と言ったことと、「ストレスに弱くてすぐにお腹をこわす」総理へと変更させた、というのが炎上の原因です。
すぐにお腹を壊すという設定が、第一次安部内閣時の潰瘍性大腸炎で辞任した安部氏を連想させるのは自然であり、それ(揶揄したことの)の何が悪いのだ?と、僕などは思いますが、ネットでは「重篤な病気で苦しむ人もいるのにけしからん」と。

「体制側」の佐藤の発言は、大いに違和感があります。
僕らよりも年下の彼に、実感として自分が反体制の立場だと認識があったのか。まあ、彼の父親である三國連太郎は、若いころプロレタリア文学にも関わっていたから、当局からも有形無形の圧力を受けたはずですし、そんな父親から薫陶を受けていた可能性もありますが。
彼が過去に政治信条を持ってリベラルな活動をしてきたわけではないのは確かで、そんな彼に対して、多くの人が「え?佐藤浩一ってそっち系のひと?」と感じたことも要因でしょう。
三流役者とは思いませんが、かといって偉大な父親と比べるとう~んな彼には、『責難は成事に非ず』という言葉を贈りたいです。
僕が佐藤浩一なら、映画初日の舞台挨拶で
「こんにちは、三流役者の佐藤浩一です!」といって、記者を喜ばせますけどね(笑

百田直樹に関しては、「ええかげんにせんかい!」でしょ(笑)
オカピー
2019年05月15日 22:20
浅野佑都さん、こんにちは。

>即興演出
他の監督の即興演出に比べると相対的に悪くないですが、是枝監督の場合恐らく子供達には多く使っている即興演出が異常に自然なので、それに比べると演技経験のあるもの故の不自然な自然さを感じてしまう(笑)。

>佐藤浩市
今週月曜日の東京新聞にあらましが書いてありまして、相変わらず似非保守による馬鹿らしい騒動だと思いました。
 東京新聞に出て来た識者は、“(批判している人は安倍応援団で)全文を読んでいないか、読解力が低い”と、ホリエモンとは逆の意見。僕は全く読んでいませんが、そんな感じがしています。

>重篤な病気で苦しむ人もいるのにけしからん
揶揄ではあっても安倍批判ではないのでは?
 この意見は恐らくは保身の為に安倍首相をストレートに庇いたくない人の欺瞞でしょう。それこそ病気の人を利用したけしからん意見と思います。

>百田尚樹
芸のない返しでも、三流愛国者という言い方は悪くない。そもそもアメリカ追従の安倍政権は自国の独立性を守るという本来の意味での保守とは言えないですし、それを看破できない百田等の安倍応援団も似非保守であり三流愛国者ですよ。

僕も今の憲法下ではアメリカに頼らざるを得ないところがあるのは理解していますが、もう少し何とかならんかいという歯がゆさがありますね。そこが僕は所謂右派とも左派とも違う。アメリカ天皇論という表現が説得力があると思う今日この頃。

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