映画評「ゲティ家の身代金」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年アメリカ=イタリア=イギリス合作映画 監督リドリー・スコット
ネタバレあり

吝嗇家(=けち)と言えば、草履を減らさないように歩く場所も選ぶ江戸時代の商人を描いた「大阪物語」(1957年)を思い出す。こちらの実在した石油王ジョン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)も負けずとも劣らない。

1973年7月、イタリア在住の彼の孫ポール(チャーリー・プラマー)がローマで誘拐される。少年の父親である二世は世界一の金持ちと経済誌で評価されている父に掛け合うが、洗濯ですら自宅で行う吝嗇の権化である石油王は拒絶する。麻薬中毒で女性にもだらしない退廃的な二世と離婚していたポールの母親アビゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)はただのシングル・マザーだから途方に暮れてしまうが、ゲティは警護人である元CIA捜査官チェイス(マーク・ウォールバーグ)を彼女につけて交渉役を任せる。
 金を払って貰えない犯人側はイライラを募らせ、マフィアが絡んでポールの耳を送ってきたのに及んでさすがのゲティも動揺するが、まだまだお金の有効な使い方を思案している。悠長なことを言っていられないアビゲイルが“お金を全額払う”とマスコミの前ではったりを言うと、遂に老人も折れざるを得なくなる。

誘拐サスペンスとして観ると、序盤のややまだるっこい展開等の理由により、一部世評のように評価が伸びないことになりかねない。しかるに、実のところ本作は、お金への愛VS肉親への愛の対決を描いた人間ドラマなのである。

世界一の富豪の吝嗇ぶりに言葉を失うほどであるし、それとは対照的に母親をつき動かす愛情に心揺さぶられるものがある。ヒロインの言動がドライで一向に観客の紅涙を絞るような方向には向かわないものの、昔の“母もの”と何ら変わるところがないのではないか、そんな気がする。
 老人は孫の中でもポールが一番のお気に入りなのに、即座にお金を払わせるほどの愛情が持てない。それが出来上がってしまった性格なのだ。それに加えて、終盤の台詞からは、ポールの愛情が母親に向かうのがどうも気に入らず、アビゲイルへの対抗意識が彼の財布を渋くしたように感じられる。

いずれにしても、こうした吝嗇家は「大阪物語」の商人が遂には発狂したように、余り良い最期を迎えないもので、こちらも結局大きな屋敷で秘書も出て来ず看取られずに死んでしまう。人間観察編として頗る興味深く、クリストファー・プラマーの演技も充実。文字通りピンチ・ヒッター(完成後にケヴィン・スペイシーが問題を起こした為に撮り直し)がホームランを打ったという感じでござる。

後半はサスペンスとしても十分面白く、最近の作品としてはなかなかがっちりと作られているのを慮って、些か褒め過ぎかもしれないが、☆★を多めに進呈したい。もはや大ベテランになったリドリー・スコットの力量衰えずといったところ。

スペイシーの問題はセクハラだったらしいが、コカイン吸引のピエール瀧の出演作が尽く当座封印されているのは過剰な反応のような気がする。映画や音楽は一人では完成できないので、芸能人を抑止的にする効果があるかもしれないが、行き過ぎではないか。近年麻薬吸引は犯罪ではなく病気という考えも出始めている。

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この記事へのコメント

2019年04月07日 06:46
弟の死を乗り越えリドリー・スコット健在、ですね!
オカピー
2019年04月07日 20:54
onscreenさん、こんにちは。

弟より僕は兄さんの方を昔から買っていますが、弟トニーは何が不満で身投げなどしたのでしょうねえ。
本作でもやはり兄さんの力量を感じました。
モカ
2019年07月31日 21:52
これは、4,5日前にCSで観ました。クリストファー・プラマーって、サウンド オブ ミュージックのお父さん役の人でしたね。

しかし、吝嗇家は死ぬ時もお金かけずにすぐ死んでしまいましたね。感心、感心。ちなみに大阪物語の草履のエピソードですが、これ、大げさじゃなく普通の話だったみたいです。
明治生まれの祖父は2歳くらいで父を亡くし、苦労したらしいのですが、尋常小学校?を出るか出ないかで大阪に奉公に出て、丁稚かなんかしていた時、「そんな歩き方をしたら下駄が早く減る」と教えられたらしいです。
今、老後に2000万円必要とかいって大騒ぎしてますけど、祖父が生きていたら笑うでしょうね。「国なんか当てにしたらあかん」が口癖でした。

イタリアは誘拐が多いんでしょうか。誘拐された子供を犯人の子供が助ける「僕は怖くない」も良かったですね。


オカピー
2019年08月01日 18:12
モカさん、こんにちは。

>クリストファー・プラマーって、
そう、僕なんか未だに「サウンド・オブ・ミュージック」と結びついてしまう。強烈な一作があると損と言えば損ですね。

>「そんな歩き方をしたら下駄が早く減る」と教えられた
まるで「大阪物語」を地で行くような話ですね。
 しかし、実際僕らだって、モノを大事にするよう躾けられた世代。何しろ一つの卵で4~5人家族で食べた一家ですから。父親が卵を割って醤油をかけまくる。それを分けるのですが、醤油の味しかしない。小学高学年になって多少余裕ができると、一人で一つになり、そのおいしかったこと。

>「僕は怖くない」
すっかり忘れていましたが、ありましたね。子供同士の交流が爽やかだったような記憶があります。
 イタリアの誘拐では、映画にもなった元首相モーロの誘拐殺害事件が有名。赤い旅団という極左過激派グループが要人を誘拐しまくっていました。
モカ
2019年08月02日 21:39
クリストファー・プラマーは若い時よりお爺さんになってからの方が味がありますね。サウンド オブ ミュージックの時はジュリー・アンドリュースの存在感が強くて、ほとんど記憶に残ってなかったです。
余談ですが、今日、1965年に三笠書房から出た「あしながおじさん」(愛読書です。私の頭のレベルはこの程度でございます)をちょこっと読んでたんですが、巻末の書籍の広告欄に「菩提樹」マリヤ・トラップ作を見つけました。
当時話題になってたんですね。
ドイツ映画の「菩提樹」を観てみたいです。

プラマーで撮りなおした時のギャラがミシェル・ウィリアムズとマーク・ウォールバーグで1000倍ほどの格差があったことが発覚して大騒ぎになったようですが、ハリウッドは桁が違いますね。

子供時代のつつましやかな(笑)生活の話は色々ありますが、世界を見渡せば、上を見ても下を見ても切りがないくらい様々ですね。映画はそういう事も色々教えてくれますね。
オカピー
2019年08月03日 17:10
モカさん、こんにちは。

>クリストファー・プラマー
「サウンド・オブ・ミュージック」の彼が印象的だったのではなく、他の作品が余りに印象に残らず、しかも弱体な作品が多いため、僕にとって「サウンド・オブ・ミュージック」がプラマーの断然たる代表作ということになっているわけです。
 実際、プラマーが印象に残るようになったのは21世紀、彼が70歳を超えてからで、「終着駅 トルストイ最後の旅」「手紙は憶えている」あたり特に好演でした。

>「菩提樹」
鑑賞済みです。ナチスのせいで衰退したドイツの映画ですから、野暮ったいですが、素朴で良いという感じ方もあります。


>ギャラがミシェル・ウィリアムズとマーク・ウォールバーグで
>1000倍ほどの格差があった

実際には100倍くらいだと想像しますが、それでも凄い差ですよね。ウォールバーグの魅力は全く解らないし、ミシェルは昔からご贔屓。もっと売れても良いですが、最近再びよく観るようになり嬉しいです。もう少しギャラはUPさせないといけない。
オカピー
2019年08月03日 18:59
モカさん

再登場です。
Wikipediaにギャラの格差について言及があり、やはり1000倍云々とありますね。ウォールバーグは再交渉したらしい。潔くないなあ(笑)。
モカ
2019年08月04日 16:41
同感です。ウォールバーグ、どこが良いのか分かりませんね。

M・ウィリアムズ、私もブロークバック・マウンテン以来注目しています。
インディーズ系の地味な作品で地味な女の子役をしていても存在感があります。
アメリカの女優さんにしては珍しくリアルな孤独感を醸し出せる存在だと思います。

「菩提樹」図書館にあったので取り寄せてみます。

プラマーのトルストイ、良かったですね。悪妻役のヘレン・ミレンとの相性も良かったです。
オカピー
2019年08月04日 18:03
モカさん、こんにちは。

>M・ウィリアムズ
>アメリカの女優さんにしては珍しくリアルな孤独感を醸し出せる存在

そうですね。
彼女は(現代的な)孤独が似合います。
北欧ノルウェーの血筋のせいかもしれませんね。


>プラマーのトルストイ、良かったですね。
>悪妻役のヘレン・ミレンとの相性も良かったです。

トルストイの奥さんソフィアは、特に現在の感覚では、言われるほど悪妻ではなかったようです。
 英国の舞台で経験を積んだヘレン・ミレンは、一癖ある老婦人役が非常にうまいですね。

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