映画評「ベロニカとの記憶」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2017年イギリス映画 監督リテーシュ・バトラ
ネタバレあり

英国の権威ある文学賞・ブッカー賞を受賞したジュリアン・バーンズの小説「終わりの感覚」をインド出身のリテーシュ・バトラが映画化した作品。最近は出版が先行した場合、書籍の題名を無視して(文学ファンを無視して)映画ファンの興味をそそりそうな邦題を立てる。その邦題が優秀かどうかの問題はともかく、余り良くない傾向のように思う。

ほぼ現在の英国。カメラを販売している紳士トニー(ジム・ブロードベント)が、凡そ半世紀近く前の大学時代に交際した女性ベロニカ(当時フレイア・メイヴァー)の母親セーラ(エミリー・モーティマー)が亡くなり、その遺言により学友で大昔に自殺したエイドリアンの日記を受け取ることになるが、娘のベロニカ(現在シャーロット・ランプリング)の反対により受け取れない。
 そこで有能な弁護士である元妻マーガレット(ハリエット・ウォルター)に相談がてら若い時の経験を話していくのだが、ベロニカと再会したことから自分でも忘れていた不都合な真実を知り(思い出し)、また意外な事実をも知らされることになる。

というお話はちょっとヒューマンな印象もあるが、見た目ほど易しく理解できる作品ではない。但し聞くところによれば原作の方が難物であるらしい。図書館に置いてあるし、短い作品なので読んてみたらもっと腑に落ちるかもしれぬ。

人と会うことで真実を知っていくというのは最近猫も杓子も使う形式であるが、本作の場合は自分自身のことであり、会うのも当事者だけなのに、真実や意外な事実がもたらされる、というところに面白味がある。小説としてはミステリーの分野に入れても良いが、映画としては余程間口を広げない限りはミステリーと理解しない人が多いだろう。

その奥に揺曳するのが記憶と意識の問題で、これは原作の重要な主題であるらしいが、映画はそこまで突っ込んだ感じはない。具体的には、例えば、ベロニカの実家を訪れた後自殺を遂げたエイドリアンの歴史に関する言及がそれに当たる。
 主人公トニーが忘れたことの中で最も大きなものは、彼がエイドリアンとベロニカにひどい内容の手紙を送っていたこと。これによりベロニカは彼が想像する以上に辛い人生を送ることになったことを知り、彼は遂に生れて来た自分の孫を見るに及んで他人に対する態度を改めるのである。

事の発端からしてベロニカの母セーラがかなり色情狂的なところがあり、それが終盤の展開に相当大きな意味を成す。主人公が軽薄であるとして嫌う方が多いが、僕はそもそも人間は愚かで弱いものであるという人間観を持っているから、特段何とも思わない。実際に交際して好感を持てるかどうかと、人間観察を目的とする映画において登場人物をどう思うかは全く別の問題である。

格調のある伝統的な英国映画の気分に横溢、僕は捨てがたい作品と思う。

正確には日本語として成り立っていない邦題と考えるが、最近は皆こういう日本語を平気で使います。“そうですか”を疑問形と誤解し(失礼に当たるとして)避ける人がいる時代ですからね。

この記事へのコメント

モカ
2019年08月27日 16:58
こんにちは。

>お話はちょっとヒューマンな印象もあるが、見た目ほど易しく理解できる作品ではない。但し聞くところによれば原作の方が難物であるらしい。

 映画は見ていませんが原作は読みました。 私にとっては、新潮クレストブックの本は当たり外れの幅が大きく、これは外れでした。
 ブッカー賞の権威を信じるとすれば、私の読みが足りないのでしょう。
 お読みになったら感想をお聞かせくださいね。
 
 これと同時期に読んだ同じクレストブックの「マザリング サンデー」 (グレアム スウィフト著)が私としては”大当たり!”
でした。 お時間あればこちらもどうぞ!
モカ
2019年08月27日 17:39
書き忘れがありました。

原作では学生時代ベロニカがトニーの部屋を訪ねることになったら、見られたくないレコードを隠すんですが、映画でもそんな場面がありましたか?
ベロニカがトニーのレコードをチェックするんですよ! 
何気なく見ているようでビートルズ、ストーンズはOK, アニマルズには若干軽蔑の眼差し?だったかな・・・・ だからトニーは彼女が来るとなったら、サントラとかベタなのを隠しておくんですよ!

全編に渡って深く読めなかったので、こんな形而下的場面が唯一面白かったです。

オカピー
2019年08月28日 13:16
モカさん、こんにちは。

>お読みになったら感想をお聞かせくださいね。
>「マザリング サンデー」 (グレアム スウィフト著)
>お時間あればこちらもどうぞ!

11月くらいまでの予定はほぼ決まっています。その後に何とか時間がとれるかもしれません。
ただ、その予定の中に例の「鳥」を含む短編集が入っています。年初に一年間の読書録をコメント付きでUPしますので、それまで感想はお待ちください。気が向いたらその前に何かものすかもしれません。


>レコードを隠すんですが、映画でもそんな場面がありましたか?

あったような記憶もありますが、極めて曖昧です。来月二日に再放映がありますので、録画して確認してみますね。


>こんな形而下的場面が唯一面白かった

僕も、内容が乗れない時は特に、そうしたところに楽しみを見出すことが多いですね。
モカ
2019年08月28日 15:09
こんにちは。

>11月くらいまでの予定はほぼ決まっています。その後に何とか時間がとれるかもしれません。
ただ、その予定の中に例の「鳥」を含む短編集が入っています。

 「鳥」楽しみですね。でもあんまり期待値上げすぎないでくださいね。

レコードチェック
 男の部屋でレコードチェックしてふふんと鼻で笑うベロニカ。
 嫌な女・・・ でもその気持ち解らなくもない、というか、私も昔そんなことをしたようなしないような・・・しかとは覚えておりませんし、もう時効ですし。(笑)
 相手がどんな本を読んでいるかより、どんな映画を見ているかより、何を聞いているかが最重要事項だったことは憶えています。
 でもアニマルズを小ばかにしたりはしてませんし、モンキーズだって大歓迎でした。

 そうそう、トム・ハンクスが小説を書いてますね。
 それでタイプライターのコレクターですって。
 クレストブックから本が出ていて吃驚しました。
オカピー
2019年08月28日 22:22
モカさん、こんんちは。

>「鳥」楽しみですね。でもあんまり期待値上げすぎないでくださいね。
「鳥」に関してはヒッチコックがこれをどのように脚色(実際に担当したのは脚本家ですが)したかが楽しみ。

>でもアニマルズを小ばかにしたりはしてません
そうですよ。東芝EMIが出していたブリティッシュ・インヴェージョン・シリーズ(僕が勝手に言っているだけ)のベストを持っています。
「朝日のあたる家」を挙げるのは当たり前すぎてつまりませんが、あの曲のキーボードが好きですねぇ。
ビートルズがこっそりカバー(公式録音なし)していたチャック・ベリーの「メンフィス・テネシー」も確か歌っていましたね。

>モンキーズだって大歓迎でした。
そうですね。
 デイヴィー・ジョーンズによるとデビュー・アルバムでは歌さえ歌っていない彼らはアーティストとしては問題外ですが、プロジェクトとしてモンキーズは大したもので、バックアップした作曲家に恵まれ良い曲が多かったですね。

>トム・ハンクスが小説を書いてますね。
知りませんでした。
今調べたらもの凄く評判が良いデス。
しかし、まだここまでは行かないな(笑)。
モカ
2019年08月29日 11:59
こんにちは。

「鳥」 これは「海辺の町にある日突然鳥が大挙して集まってきて人を襲う」という設定だけを使っていますから映画の登場人物やストーリーは全くといっていいほど違います。

映画はあれぐらいしないと受けなかったでしょうね。
子供が観ても怖いし面白かったですもん。
原作は大人向けですかね・・・
公開時、中学生になるかならないかぐらいでしたが、かなりセンセーショナル(笑)な騒ぎでしたよ。

エリック・バードンって初期の声がミック・ジャガーに似てますね。 アニマルズ以降はどうなったんだろう・・・
オカピー
2019年08月29日 17:41
モカさん、こんにちは。

>「鳥」
ヒッチコック御大も設定だけ戴いたと仰っていました。
そもそも御大は原作をほぼそのまま作るのが大嫌いで、「レベッカ」も「ダイヤルMを廻せ」も殆どいじらせて貰えなかったので、世評の良さにもかかわらず大いに不機嫌でございました。

映画の「鳥」は、布石を丹念に置く最初の30分が、英語で聞いて理解すると非常に面白いです。吹き替えは問題外。字幕に頼っても面白さは半減。
feather(種、羽根)、lovebird(インコ、恋人)といった言葉遊びがいっぱいでした。

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