映画評「教誨師」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・左向大
ネタバレあり

従姉の長男が刑務官をしているが、死刑のある刑務所(厳密には死刑囚は刑務所ではなく死刑設備のある拘置所に収容されている)に勤めているかどうかは知らない。
 本作は、そうした刑務官の仕事を主題にした「休暇」で脚色を担当した左向大が自らのオリジナル脚本を映像に移した力作である。

今度の主役は死刑囚を心を安定させるのが役目の教誨師(大杉漣)で、彼は6人の男女死刑囚と面会を繰り返している。その面々とは、調子の良いヤクザ(光石研)、虚言癖のあることが判る女(烏丸せつこ)、字の読めないホームレスの老人(五頭岳夫)、責任を全て被害者に帰するストーカー(古舘寛治)、行きがかりで息子の野球クラブの会計係一家を殺した臆病そうな男(小川登)、そして豊富な知識を持て余して能力の劣るものと考える人々を17人も殺した若者(玉置玲央)。
 殺人を犯した理由も殺人に対する観念も違う人々と面会するうち、教誨師は非行少年の自分の代りに、家を出て行った母親の再婚相手を殺した挙句自殺した兄を思い出す。

“死後の世界の平和を訴えることが存在理由になっているかのような宗教が嫌いだ。現世のことを考えなければならない”とエホバの証人に言ったら、彼らは“自分たちはそういう宗旨である”と賛同されてズッコケたことがあるが、僕の限られた知識により印象では、教誨師も死後の為に説教していることが否めない。

しかし、本作の教誨師は死刑囚たちに考えを押し付けず自然体に接するのが良い。彼は死刑囚を鏡にして自分を見つめているような感じがある。
 そこで浮かび上がるのは単純に割り切ることのできない死と生に関する考察。それでも彼は死刑囚たちに“生に拘れ”と、直接的に或いは間接的に、言っているような気がする。寧ろそれは人生という苦悩の道を歩めということであり、或いは教誨師自身が一番長く苦悩の道を歩まなければならないのかもしれない。遠ざかるように道を歩いていく主人公の姿が次第にぼけていくラスト・シーンが正にそれを感じさせるのである。

遺作ではないが、昨年急死した大杉漣の最後の主演作。まだまだ活躍すべき名脇役だったと思う。一年以上も経って今更ながら本作を以って追悼致します。

因みに10日間で光石研を三回も観た。恐るべき出演数!

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