映画評「ロング、ロングバケーション」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年イタリア=フランス合作映画 監督パオロ・ピルツィ
ネタバレあり

見た目はアメリカ映画だが、伊仏合作のロード・ムービーである。

僕はこの映画の夫婦よりは大分若いが持病があるし、自分ではもう年寄と思っている。そんでもって、年を取り涙腺が緩くなっているので、こういう老夫婦を見るだけでもうたまらない。良い意味でも悪い意味でもたまらないものがある。

大学で文学を教えていたが今はすっかり認知症になってしまった元教授ドナルド・サザーランドが聖地と考えている、ヘミングウェイの過ごしたキー・ウェストへ、夫人ヘレン・ミレンが夫を連れて向かう。向かうと言っても、キャンピング・カーを運転するのは夫君のほうである。認知症の方の運転は危ないので道徳的には感心できないものの、それは措いておく
 娘ジャネル・モロニーや息子クリスチャン・マッケイは父親を施設に送り母親を引き取る準備をしていたがそれを無視しての決行で、ヘレンも薬を手放せない状態らしい。各地で様々な人と交流、サザーランドの珍行動に彼女は悪戦苦闘しても決して離れまいと決心している。
 しかし、妻である自分の名前はよく忘れるのに隣人の女性の名前を忘れない理由が若き日の浮気にあったと知り、たまたま見かけた老人ホームに強引に置いて来はするものの、怒りが静まれば迎えに来る。

といったお話。

個人的に上手いなあと思うのは、彼女の病状がもう手の施しようのない末期がんであると終盤になって初めて観客に知らしめることである。これを最初に出すと作品の行き着く先が早々に見えてしまうわけで、発覚を遅らせることにより面白味の減じるのを避けることができるからである。純然たる死病映画であれば全く逆の評価になるが、本作は死病映画ではない。

非常に重苦しい内容ながら、夫婦の謂わば漫才のようなやり取りで笑わせ、その愛情でじーんとさせてくれる。その愛情が彼女を無理心中に導く。キャンピング・カーでこの一幕はない方が良いという意見があるが、僕はこういう生死に関わるお話を観客の理解任せにして終わらせるのは概して反対なので、賛同しかねる。結論をそのままに絵として見せないという意見なら解るが。

僕はかなり前から尊厳死・安楽死を認める法律を作るべきだと言っている立場だから、その意味でも彼女たちの選択を正しいと考える。認知症の人を勝手に殺していいのかという意見もあるだろうが、大体認知症を患う人は、頭が正常に働いている時に自分を壊すこの病気への憎しみを家人に表白する。“勝手に殺す”ことにはならないと思う。この作品が欧米で実力に見合った評価がされていないのは、キリスト教が原理上自殺を禁じている影響があるのだろう。

勘の良い人なら、映画を観始めてすぐにこの邦題の意味するところが凡そ解ってしまいますな。

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この記事へのコメント

vivajiji
2019年03月18日 09:08
先日、DVDで鑑賞しました。
主役二人の抜群の存在感と巧さに支えられて
文豪の生家を尋ねる様相にはしているけれど
不治病い持ち老夫婦の死出の旅映画。
2011年、三浦友和と石田ゆり子夫婦役の
「死にゆく妻との旅路」を思い出しながら
観ていました。お国柄と国民性でこんなに
違う感触の作品になるものかってね。
性分的には、じめじめしてなくて好感が
持てました。わが経験もふくめ、思いを
馳せられるのは、年輪という名の賜物です。
若くで健康な方々にとって、こういう映画は
「他人事」であり「退屈」でしょうし、それで
いいのだと心を納める自分もいたりもします。(^^)
浅野佑都
2019年03月18日 11:55
これは、公開時に観られなかった作品で、プロフェッサーの評論の後、vivajijiさんと同じくDVDで観ました。

「マッシュ」を観てから御贔屓俳優のドナルド・サザーランドと、メリル・ストリープ同様好きでも嫌いでもないが、指先のその先まで上手いと思わせるヘレン・ミレンの老夫婦・・。
陳腐な言葉ですが、「素敵に年を重ねる」とは、彼女を指したものでしょうね。

人生の終焉へのロードムービー・・個人的には、キャンプ場の夜、シーツに映した記録映像をキャンパーの連中が集まってきて、老いも若きも呉越同舟よろしく、
時には口笛吹いたりしながら、けっこう感じ入って観る若者たちが印象に・・。
まさに、人に歴史ありの演出でしょう。


ハンドルを握っている時も、ヘミングウェイを引用する認知症の夫。
「ボケ老人に運転とは何事か!」と短絡的に怒るレビューが沢山あったけれど、最愛の妻の顔を忘れても、好きなキャンピングカーの運転は忘れない、ということもあるでしょうに・・。

90歳で認知症を患って亡くなった伯父も、小学校校長時代の教え子の写真の顔と名前をほとんど覚えていて、若い時に体で覚えたことは忘れないと痛感したことが・・。


「愛・アムール」同様、おそらく二度観ることはないだろうものの、そのラスト数分だけで、もし劇場鑑賞していれば2018年の上位に選んだ映画となったかもしれません・・。
オカピー
2019年03月18日 20:31
vivajijiさん、こんにちは。

>「死にゆく妻との旅路」
題名は知っています。観るチャンスもあったと思いますが未見。題名が足を引っ張ったのではないかなあ。
Allcinemaで梗概を読みますと、確かに思い出させるものがありますね。

>じめじめしていなくて
そう、難病の人が出て来てじめじめしてくるのを見るのは憂鬱ですよ。

>若くて健康な方々
僕は若い頃から若い人をテーマにした作品より“大人”“老人”の映画を好んで見ましたが、普通の若者は老人の映画など関心がないでしょうねえ。それは致し方ないことでしょう。
オカピー
2019年03月18日 20:46
浅野佑都さん、こんにちは。

>評論の後
そうですか。きっかけとなったのなら嬉しいですね。内容故にネタバレに少々心苦しいところもありますが。

>ヘレン・ミレン
僕もそう好んで見る人ではないですが、上手いんですよねえ。結果的には惚れ惚れしてしまう。

>人生の終焉へのロードムービー
配給会社の人もそうした内容をくんで、こんな邦題にしたのでしょうね。

>ヘミングウェイ
本が好きな僕ですから、こういう話・設定には痺れます。

>「ボケ老人に運転とは何事か!」
一般論としては不当な意見ではないですが、仰るように、ボケても運転だけは忘れないという人もいるでしょうし、一概には言えないでしょう。

>劇場鑑賞していれば2018年の上位に
>選んだ映画となったかもしれません

気に入った映画ですから、自分のことのように嬉しいですね^^
2019年06月09日 10:20
奥さんが末期癌というのは予告編で知っていましたので、終盤で亡くなるという筋書きも想像はしますが、そこまで描かないという選択肢もある訳で、あの結末は意外でした。
旦那の浮気とか、奥さんの昔の彼氏への嫉妬とか、ありきたりの葛藤の後に自死が描かれると、違和感はありましたね。
終盤でそういう方向にお話がいきかけた時でも、最後までは描かないんだろうと予想したんですが・・。
オカピー
2019年06月09日 19:30
十瑠さん、こんにちは。

>結末
僕もある意味ビックリした結末なのですが、認知症の甚だしい夫がいなければ死ぬことはなかった(自分の道連れに彼を選んだのではなく、彼の道連れに自分を選んだ)はずと思うと、一種のロマンス映画なんだなあと僕は納得しましたね。彼女は夫を非常に愛していたので夫の浮気に怒る。その心情が僕にはじーんとしました。

作者が自殺を禁じるカトリックの国家に生きるイタリア人なので、尊厳死・安楽死を認めてほしいという願いを込めた幕切れなのではないかと思います。

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  • ロング,ロングバケーション

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