映画評「スケアクロウ」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1973年アメリカ映画 監督ジェリー・シャッツバーグ
ネタバレあり

46年前ロードショーで観た。
 本作は典型的なアメリカン・ニュー・シネマであるが、他方この前年くらいから1930年代を懐かしむ映画が増え、メジャー映画的な映画が復活してくる。1973年は、謂わば、過渡期であった。そうして作られ始めた映画は、それでもニュー・シネマの感覚が既に取り込まれているので、謂わばハイブリッドのような印象。「ロッキー」(1976年)などはその典型であろう。

本作は、その後TVで少なくとも2回は観ている。従って多分4回目と思うが、はっきりしない。

西部劇でよく出て来るタンブルウィードが風で飛ばされる南カリフォルニアの田舎道で、6年ぶりに刑務所から出て来たジーン・ハックマンと5年ぶりに陸に上がったらしい船員アル・パチーノが、煙草の火を貸したことから意気投合して一緒にヒッチハイクを始める。
 ハックマンは妹のいる中部のデンヴァ―へ寄った後、洗車場を開く為に銀行口座のある東部ピッツバーグへ行く予定。パチーノは海に出る為に別れた恋人のいるデトロイトに帰る予定で、今5歳になるはずの性別を知らない子供に贈るプレゼントを大切に抱えている。ハックマンは喧嘩っ早く、パチーノはカラスを笑わせるかかしに徹して付き合っていき、旅を続けるうちに二人の間に友情が育つ。
 酒場での喧嘩で二人共軽犯罪者が送られる矯正施設で一ヶ月臭い飯を食べる羽目になった後、遂にデトロイトへ到着する。パチーノは電話はせずに訪れるつもりだったのだが気が変わって電話を掛ける。ところが、恋人から“子供は生まれる前に死んだ。あんたが地獄へ送った”と告げられてショックを受けて統合失調症(この映画を初めて観た頃は精神分裂病と言われていた。ポリ・コレのせいで高瀬鎮夫氏などによる昔の名訳が消えていく)を発症する。ハックマンはなけなしの金を払ってお金をおろせる銀行のあるピッツバーグへ“往復の切符”を買う。

酒場でのストリップや矯正施設での復讐など様々のエピソードを通じて友情がどんどん大きくなっていく様を見せる作品で、この最後の“往復切符”という言葉だけで泣かせる。その為にハックマンが後生大事に靴にしまってあった10ドル札を取り出すところも滑稽であるが故に心にしみ入る。

翻ってパチーノ氏は“(びっくりさせたいので)事前に電話をしない”と言っていたのに何故電話を掛けたのか? 電話をするならその台詞を言う場面は不要ではないかというご意見を読んだが、その台詞があるが故に観客は“何故彼は変心したのか?”と思いを馳せることになる。
 僕が思うに、彼は恋人が話す情報に怖くなっ(たので、安心を得た上で会おうとし)たのである。急に芽生えた心情ではなく、旅を続けるうちにその恐怖が増していったのであろう。そう思って場面を振り返ると彼の心情に胸を締め付けられるような気持ちになる。途中にその台詞がある為に起こる効果である。
 彼は彼女が結婚していようが自分を歓迎しまいが堪えられただろうが、陸に戻ってきて以来彼の生きるよすがとなっていた子供の不在は彼の精神には致命的であった。ハックマン氏の友情に希望がにじみ出るのが救いとなる。

監督はもっと活躍できる実力があったジェリー・シャッツバーグ。この後もシングル・ヒットは放ち続けたが、本作のようなホームランはなかった。脚本のギャリー・マイケル・ホワイトは一発屋で、日本では「スカイ・ライダーズ」が観られるのみ。撮影は「ディア・ハンター」などの名手ヴィルモス・ジグモンド。文句のつけようがない。

そして、ジーン・ハックマンとアル・パチーノの演技が絶品。二人合わせて“主演男優賞”を進呈したい感じであります。

1973年頃はパンフレットを必ず買うことにしていた時期だが、パンフレット発見できず。買わなかったのだろうか?

この記事へのコメント

浅野佑都
2019年03月25日 09:41
 寄る辺ない人間同士が触れ合い、互いの心の隙間風を塞いでくれる唯一の存在と認めあうロードムービー。
公開当時はカンヌのパルムドール授賞作とも知らない、まだ人生経験も浅い小僧でしたが、「どうしようもない格好悪さがかえって痺れる映画」とか、友人に語っていたような・・。

>電話をするならその台詞を言う場面は不要ではないか

ごくごく簡単な命題で、理解に人生経験が必要とも思えないのですがね(笑)
期待と不安、後悔と自責の念でメルティングポットのように心が渦巻いている人間の気持ちを想像するならば・・。
僕も、小心者ですから、大いにパチーノの心中察するわけであります・・。
浅野佑都
2019年03月25日 09:45
 イチローの引退試合をBS観戦しましたが、日本だと、一時代を築いた打者には、最終打席は打たせるために相手投手は甘い球を投げ、その後、帽子をとって一礼というのが定番ですが、大リーガーは打たれるのが嫌なのか、最後まで厳しいコースを責めてきましたね!
それが、打者への敬意である、という見方もできますが、全盛時、否、数年前でしたら簡単にセンター前にはじき返していたことでしょう・・。

その意味では、まさに刀折れ矢尽きての引退でした・・。
決して、好きなタイプの選手ではありませんでしたが、大リーグオールスター戦のランニングホームランなど、中継で観た数多くのプレーが目に焼き付いています・・。
ニューヨークタイムズが、ピートローズには記録ではかなわないが、彼を超えた選手と言える、と書いてくれたのはイチローも本望だったと思います!

翻って、対照的なのは王の引退時で、最後の年は打率こそ、2割3分6厘と大きく下げましたが、ホームラン30本、打点84は、他のチームなら、間違いなくクリーンアップの成績であり、もし、DH制ならば40歳か、あるいはもっと長く現役でいられたはずです。
バットを置いたのは、彼が最後までホームランにこだわった証左でしょう(現役時代、王が一本足でなく普通の打法でホームランを狙わなければ確実に4割は打てる、というのが評論家の一致した意見でした・・)
オカピー
2019年03月25日 18:45
浅野佑都さん、コンセプト

>互いの心の隙間風を塞いでくれる唯一の存在と認めあう
正にその表現がぴったり!

>人生経験
終戦直後の映画をリアルタイムで観ている大先輩らしいですが、ちと首をかしげました。

>イチローの引退試合
延長戦になってしまいましたが、試合はBSで最後まで観ました。あの応援を見ていたら、松井贔屓の僕も泣けてきましたね。王ちゃん以来かなあ。

>日本だと、一時代を築いた打者には
投手の場合はもっと解りやすいデス。槇原の投げた球威のないへなちょこ球を三球三振してくれましたよ。それをアナ氏、“全盛期を彷彿とする剛速球で三振!”なんて白々しいことを云ったりして。

>ピートローズ
日本での記録を加えてローズのヒット数を超えたという一部の報道にいちゃもんを付けていましたが、彼は解っていない。大リーグがNPBより上と承知しているから日本では合算もし、それを一部アメリカのメディアが紹介するだけ。日本の場合は韓国でどんな凄い実績を積んでも二軍と同じ扱いですものね。

>DH制ならば40歳か、あるいはもっと長く現役で
そう思いますね。
打率についても、確かに、率だけ残そうと思えば、全盛期(それも決して短くない)なら4割もあったでしょう。
蟷螂の斧
2019年04月24日 03:45
>ポリ・コレのせいで高瀬鎮夫氏などによる昔の名訳が消えていく

それもまた寂しい話です。
訳ではなく、台詞そのものですが、CSの時代劇専門チャンネルやチャンネルNECOで放映される邦画やアニメでは、当時の表現がそのまま使われます。その方が逆に温かみが感じられます

>“ビッグ・ショット”はサザン・オールスターズ(桑田佳祐)が「DJ・コービーの伝説」で拝借

桑田さんらしいです

>言葉遣いなども非常に優しいですし。

言葉使いが女形っぽい某落語家さん。でも・・・
大物落語家(故人)の娘と結婚はしましたが・・・
オカピー
2019年04月24日 20:47
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>当時の表現がそのまま
良いですね。
僕が図書館から借りて来る本は1980年代より前のものが多いので、当然現在差別用語と言われるものが無数に出てきます。これを映画同様に扱えば、大変なことになります。本は放送とは違うので、“処理”されることはないでしょう。

今話題になっているノートルダム寺院が舞台となるヴィクトル・ユゴーの「ノートルダム・ド・パリ」を新訳で昨年読みましたが、“この眼の悪い奴め!”という悪口が出てきましたよ。悪口になっていない、と呆れましたね。
 日本では当初「ノートルダムのせむし男」として知られていましたが、図書館にないのは排除されたからでしょうかねえ。

>言葉遣い
教育評論家の尾木ママも、きちんと結婚して二人の娘さんのいるストレートな男性。突然おねえ言葉を使うようになった理由は発言の機会が増えるようにインパクトを狙ったものかもしれませんね。
 沖縄出身のちゅうちぇるという青年も言葉遣いは女性っぽいですが、結婚して子供もいて、非常に興味深い。
蟷螂の斧
2019年04月26日 06:27
オカピー教授。おはようございます。

昔の有名な映画を見ると、どうしても猪俣勝人先生の著作を読みたくなってしまいます
「荒寥とした心象風景がアメリカ文化の裏側に描かれている。」

>本は放送とは違うので、“処理”されることはないでしょう。

そこが書籍の良いところです。今なぜか思い出したのは「華氏451」

>“この眼の悪い奴め!”

かえって嫌な感じがします

>沖縄出身のちゅうちぇる

本名がいかにも沖縄の人です。
オカピー
2019年04月26日 23:07
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>猪俣勝人先生
僕の持っている【世界映画名作全史】には「スケアクロウ」はカバーされていませんね。僕も参考にすることがあります。特に戦前については背景が解らないことが多いので、助かります。

>「華氏451」
ああいった事象そのものは起こらないでしょうが、今でも検閲の再登場はありえないことではない。あの映画(原作となった小説も)は検閲の寓意だったのでしょうね。

>かえって嫌な感じがします
僕もそう感じます。
そういう枠組みを作ることは、右翼が国に従えと言っているのと何ら変わらないと思います。
 言葉が差別の始まりになるという考えも解らないことはないですが、【巧言令色鮮し仁】という「論語」の言葉のニュアンスに近い感じのほうが強く、僕は言葉を変える小手先の方法には同意いたしかねます。

堂々と古い作品を読み続けます。古い書物を読むと、間違っている日本語と言われているものが実は正しかったというものが多いですよ。
例えば、“始めて~する”“全然美しい”といった表現。これは戦前当たり前でした。“初める”という表現も見ましたよ。
蟷螂の斧
2019年04月27日 23:04
オカピー教授。こんばんは。

>特に戦前については

【世界映画名作全史】戦前編を今本棚から引っ張り出してきました「西部戦線異状なし」舞台劇としても日本のあちこちで上演されて拍手喝采だったそうですね

>検閲の再登場はありえないことではない

ネット上の情報や言動も・・・

>巧言令色鮮し仁

なるほど・・・

>“初める”

なぜか斬新な感じです。

>言葉を変える小手先の方法には同意いたしかねます。

今日、時代劇チャンネルで「大岡越前」の第1部・第1話を見ました。1970年作品。
放送禁止用語がそのまま出る。でも却って爽やかな感じがしましたまだ若かった頃の加藤剛・竹脇無我・土田早苗の笑顔も爽やかでした
オカピー
2019年04月28日 19:57
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「西部戦線異状なし」
舞台劇になったとはビックリですね。
反戦小説ですから、2・26事件以降の日本では無理だったでしょう。

>ネット上の情報や言動
海賊版対策で政府が対策に動き出し、サイト・ブロッキングの法律を通そうとしましたが、通信の秘密を侵害するなどの可能性があるなどの意見が委員からあり一旦棚上げになりました。政府が悪用して政権に不利なサイトをブロックすることも下手な法律では可能になりますから、慎重にやらないといけませんよね。今の政権はそこまではやらないでしょうが、将来の為に穴のない法律を作ってもらいたいものです。
委員達が一番懸念したのは、スクリーンショット(プリント・スクリーン)でも罰を受ける可能性が出て来るといったことのようですが。

>“初める”
はさすがに余りお目に掛かりません。しかしそれ以上に、戦後正しい日本語とされた“初めて~する”は戦前の文書では見た記憶がありません。夏目漱石も森鴎外も芥川龍之介も太宰治も皆“始めて~する”と書いています。そうでなければ“はじめて”とひらがなで書く。
 戦後の文部省官僚がどうしてこういう方針を打ち出したのかは分かりません。これにはGHQは関連していないと思いますが、解りません。文部省官僚がやったことの功績の中で一番大きいのは、GHQに抵抗して日本に漢字を残したことですね。これは“よくやった”と思います。ひらがな・かたかな、ましてローマ字だけになったら日本の文化水準は下がったでしょう。

>時代劇チャンネル
それで良いと思いますがね。人の顔を伺っているようなのは健全とは言えませんよ。
蟷螂の斧
2019年04月29日 07:00
オカピー教授。おはようございます。

>時代劇専門チャンネル

「必殺仕掛人」第1話、「子連れ狼」第1話を見ました。
残酷な場面と奇抜なアイデア(武器)
もしかしてマカロニウェスタンの影響でしょうか?

>GHQに抵抗して日本に漢字を残したこと

日本語の文化水準が下がらなくて良かったです

>2・26事件以降の日本では無理だったでしょう。

地下で上演とか・・・?

>旅を続けるうちにその恐怖が増していった
>子供の不在は彼の精神には致命的

心の支えが折れると、人間は脆いものです
オカピー
2019年04月29日 20:46
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>マカロニウェスタンの影響でしょうか?
完全にそうですね。
マカロニ・ウェスタンに影響を与えたはずの「眠狂四郎」でさえ1968年くらいから影響されていますし、本場の西部劇にも影響を受けたものがあったと思われます。

>漢字
官僚は、難し過ぎる漢字が日本人の識字率を下げ民主化が進まない要因とするGHQに抵抗して、(漢字を廃止するまで使う)当用漢字を選別し、結局漢字が残りました。だから当用漢字と言うんですね。当用漢字以外も残り、めでたしめでたし。
 漢字を制限した為に今問題になっている障碍の代りに障害という表記が生れました。最近は障害の“害”のイメージが良くないとして市役所などでは“障がい”とされる一方、“障碍”が復活しつつあります。新聞を読んでいたら、“障碍といった文字の発明”という読者の一文を見ました。発明ではなく復活なのですがね。
 選考は元々“銓衡”、編集は“編輯”と書きました。前者は意味を考えるとぴったしで、こちらのほうが良い感じ(漢字?…笑)
 以上、当用漢字が案出されたことにより、漢字の代表的変遷の例でした。

漢字とひらがな・かたかなの併用により日本人はスピーディーに文章を読めますし、本も厚くならずにすみました。
 欧州語のような屈折語と違って、日本語のような膠着語にローマ字表記は不向きと考えます。 

>地下で上演
日本の特別高等警察(特高)は優秀ですから、なかなか厳しかったのでは。現在の北朝鮮のように国民の間での通報もあったでしょうし、自由を望む人には嫌な時代だったと思われます。こんな時代の二度と来ないことを!

>心の支えが折れる
最初の考えのように突然出向けば良かったのですが、彼はそれ自体も怖かったのでしょう。人間の心理は単純ではない。それがよく解る脚本だったと思います。
蟷螂の斧
2019年04月30日 11:09
オカピー教授、こんにちは。

>「眠狂四郎」でさえ1968年くらいから影響されていますし

なるほどお互いに影響を与える。いいですよねー
「子連れ狼」。拝一刀に村のお爺さんと娘が「うちで休んで行きなさいよ。あばら家だけど。」一見親切そうに見えるが実は・・・ああ言うのもマカロニウェスタンっぽいです

>当用漢字

そういう理由なんですね。勉強になります

>なかなか厳しかったのでは。

もしかして上演されたのは戦後でしょうか?「築地小劇場の狭い場内は舞台も客席も硝煙でいっぱいになり、激しい感動の拍手が盛り上がってしばらく鳴り止まなかった。」と猪俣勝人先生は書いてらっしゃいますが

>選考は元々“銓衡”、編集は“編輯”と書きました。

そう言えば猪俣先生も今と違った漢字の書き方をされますね

>最初の考えのように突然出向けば良かった

現実がわかっていても、それを認めるのは勇気が要ります
オカピー
2019年04月30日 19:20
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>もしかして上演されたのは戦後でしょうか?
これは僕の書き方が悪かったですね。

まず、僕がびっくりしたのは、純粋にそういう事実を知らなかったから。「西部戦線異状なし」は僕の生涯ベスト1にも挙げて来た大好きな作品ですので、感慨もありました。

1930年代までの前半の日本は僕らが想像するほど厳しい検閲があったわけではなく、大正時代にはエロ・グロ・ナンセンスが流行りましたし、皇室に関すること以外ならかなり自由だったようです。皇室に関しては、ロシア皇室をテーマにした「恋のページェント」が女帝エカチェリーナの不倫が扱われていた為に、ズタズタにされて双葉師匠を嘆かせました。
 そうした時代の1930年に映画「西部戦線異状なし」は公開され、それを受けて舞台化もされて成功したということは事実のはずです。恐らくは2,3年のことと思います。
 ところが、1936年に2・26事件が起きてから次第に軍人が力をつけ、37年に盧溝橋事件により日中戦争がはじまり、38年くらいになると平和や戦争反対などという意見や表現が事実上できなくなった、ということを僕は言いたかったんですねえ。双葉師匠も、1938年に映画界は芸道ものに活路を見出した、と書かれています。検閲というより、同調圧力があったのでしょうね。

>「うちで休んで行きなさいよ。あばら家だけど。」
確かにマカロニはこのパターンが多いですよねえ。
蟷螂の斧
2019年05月01日 07:03
オカピー教授。おはようございます

>1930年代までの前半の日本は僕らが想像するほど厳しい検閲があったわけではなく

ホッとしました

>1936年に2・26事件が起きてから

なるほどここが転換期ですね。

>1938年に映画界は芸道ものに活路を見出した

無難な映画という事ですか?

>マカロニはこのパターンが多い

あるいは意外な武器を使う。

日本映画とマカロニウェスタンがお互いに影響を与える。いいですねー
僕が「もしかして日本人とイタリア人は国民性が似てるのかな?」と言ったら歴史に詳しい知人が「日本人とドイツ人が似てるんだよ。」と言った事を今ふと思い出しました
オカピー
2019年05月01日 22:13
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>無難な映画
映画界と書きましたが、厳密には溝口健二監督のことでした。ちょっと勇み足でした。
 しかし実際1938年に成瀬巳喜男監督が「鶴八鶴次郎」を、39年に溝口健二監督が「残菊物語」を作り、同年に芸道ものではないが「狸御殿」という能天気なミュージカルがあり、1943年に成瀬監督が「歌行燈」、黒澤明監督が「姿三四郎」を発表したことから考えても、非同時代的な作品が多かったと言うのはあながち間違いではないと思います。さもなくば、時代に迎合する国威発揚的な作品のどちらかだったでしょう。

>意外な武器
それが売りでしたね。

>日本人とイタリア人は国民性が似てる
似ているところもありますよね。「鉄道員」など、これは日本映画でもありうる話だなあと思いました。
 日本とドイツは生真面目で融通が利きにくいところが似ていますが、映画などは殆ど共通性を感じません。面白いものです。
蟷螂の斧
2019年05月02日 12:58
オカピー教授。こんにちは。今日は良い天気ですね

>「鉄道員」

そうですね頑固親父。家族の為に一生懸命働いているのに・・・
「自転車泥棒」は、どうでしょうか?

>「姿三四郎」

黒澤監督の本物の自然を狙うロケ好きはこの時から始まったそうですね。

>それが売りでしたね。

そして血塗れになる男・・・

>ジーン・ハックマン

娘さんは色々話題になる人です

>アル・パチーノ

郁恵ちゃんの歌を思い出します
オカピー
2019年05月02日 22:49
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>「自転車泥棒」
同じような敗戦国にあって国民の苦境はそっくりでしたねえ。
現在、旧態依然の家族の価値を重く見る人が多く、男尊女卑傾向があり、結果として少子化に陥っているところは似ています。家父長制度→男尊女卑→少子化という関係性を僕は最近発見しました^^)v

>「姿三四郎」
当時はセットの時代でしょうから、ロケは思い切った考えだったでしょう。
実は原作を先月読みまして、明治維新で西洋の価値観を取り入れすぎる日本への反感を持つ人々のお話でしたねえ。映像版ではその辺りを余り感じなかったのですが。

>娘さんは色々話題になる人です
むむっ? ハックマンの娘さん?

>アル・パチーノ
日本の歌に出て来るなんて大したもんです。一緒に扱われるアラン・ドロンは太田裕美の「赤いハイヒール」にも出てきました。人気だったなあ。
蟷螂の斧
2019年05月02日 22:52
>むむっ? ハックマンの娘さん?

アンジェリーナ・ジョリーです続きは明日・・・。
蟷螂の斧
2019年05月03日 13:11
「座頭市千両首」に書かせて頂きましたが、二重投稿になってしまいました。すみません
浅野佑都
2019年05月03日 19:24
横レス、失礼いたします。
>太田裕美の「赤いハイヒール」

 東京へ就職のために出てきたおさげ髪の少女の、マニキュアやタイプライターに象徴されるタクティクスと引き換えに失った純粋な気持ちが、「木綿のハンカチーフ」の純朴な少女とは対照的であり、一般には、「木綿のハンカチーフ」のアンサーソングと言われていていますね・・。

「木綿・・」は都会へ出て変心した男との愛にけじめをつける失恋の詩ですが、こちらは男の気持ちを歌っている・・。

ですが、最初に「ねえ、友達なら聞いてくださる?」とリフレインしているので、これは、地方から都会に出てきた男女が知り合って愛し合ったと見るのが正しいでしょうね・・。

 一般に、都会帰りの若者は見栄を張るもので、地元の人に自分の恥部を曝け出したりはしないものです・・。
地方出身者同士の気安さで、都会生活に疲弊したありのままの自分を彼女は彼に打ち明けることができた。

踵の折れたハイヒールを修復できる包容力をもった異郷出身の彼なら、きっと、アラン・ドロンよりも幸せにしてくれたでしょう・・。
オカピー
2019年05月04日 21:04
浅野佑都さん、こんにちは。

>横レス
大いに結構です。有難うございます。

>「木綿のハンカチーフ」のアンサーソング
男女の関係が逆になっている感じですが、浅野さんの仰るように、地方出身同士の恋愛感情が主題になっているのでしょう。
 こうして改めて考えてみると、なかなか感動的な歌詞ですね。

>アラン・ドロンよりも
そうでしょうとも^^
 僕の所属した部署に、石原裕次郎に憧れているが為になかなか結婚できない女性がいたのを、今思い出しました。現実的になれと思いましがねえ。
浅野佑都
2019年05月05日 03:57
>改めて考えてみると、なかなか感動的な歌詞

松本隆の作詞は、(太田裕美でいえば「九月の雨」に代表される)失恋の曲が非常に多いのですが、この曲は、最後に希望を持たせている終わり方で好きですね・・。

>石原裕次郎に憧れている女性

裕ちゃんに恋慕となると、ぼくらよりも年上の人でしょうかね。今は60代後半から70歳くらいでしょうか・・。
僕は、子供のころからテレビの邦画劇場で、昭和三十年代の邦画や時代劇を観ていましたが、物凄い人気だったとされる若いころの裕次郎には何故か全く魅力を感じなかったですね・・。

そもそも、小林旭などの日活アクション系の主演俳優が好きでなく、宍戸錠などの脇役が好きだという変な子供でした(中学になってからは洋画オンリーに・・)
その代わりに田宮次郎や、東宝の宝田明や平田昭彦みたいなスラっとした俳優がお気に入りでしたね(笑)
そういえば、vivajijiさんも、石原裕次郎には魅力を感じなかった、と仰っていたと・・(僕の記憶が確かならですが。
もっとも、当時の粗製乱造気味のアクション邦画など、ご興味もなかったと思いますが・・。
オカピー
2019年05月05日 20:52
浅野佑都さん、こんにちは。

>「九月の雨」
昨年幾つかのCDからシングルを集めて独自編集のマイCDを作りました。その中にこの曲は入っていますが、デビュー曲の「雨だれ」も素敵でして、やはり松本隆と筒美京平のコンビ作。太田裕美の声は可愛かったけれど、「木綿のハンカチーフ」で売れ過ぎたので却ってつまらない気がしました(笑)。

>裕ちゃん・・・ぼくらよりも年上の人
年上でお局様といった存在。多分昭和28年生まれの兄と同じくらいではないでしょうか。忘年会で「裕ちゃんは歌がうまい」という彼女に対し、「大したことないだろ」というわが上司の論争を憶えています。
 僕も彼の魅力が解らない人種。歌声は良いかもしれないなあ。

>田宮次郎や、東宝の宝田明や平田昭彦
共通項がありますね。しかも、いずれも頭脳系。
田宮二郎と言えば、TVでまた「白い巨塔」をやるとか。主演の岡田准一はいかにも気分ですが、少し背が低いのが難点のど飴(笑)
浅野佑都
2019年05月06日 09:09
>「雨だれ」
ピアノの弾き語りが素敵でしたね。
この曲と同じく、デビューアルバムに入っていた「水曜日の約束」という曲も好きです。
日比谷にロードショウ館がたくさんあったころをイメージさせる良い歌です。
彼女はアイドル出身なのにフォーク歌手扱いをされ、コンサートツアーで各地を回っています。
何年か前に群馬アリーナで観たとき、太田裕美の前に歌った正やんへの拍手が鳴りやまず、舞台の袖で出る機を窺いながら右往左往する彼女がかわいらしかったですね。

>裕次郎の歌
確かに歌唱力はあるほうだと思いますね。演技よりはずっといい。不味いのは彼の時代劇でして、同時代の僕の好きな市川雷蔵や勝新と比べて圧倒的に髷が似合わない。
今の俳優のように、所作ができないというのでもないのですがね。
美空ひばりも若いころは嫌いでしたが、40歳くらいになって、彼女の英語の曲をよく聴くようになり見直したのになぁ!

ここまで考えて、裕次郎の魅力について「ハタ・・」と思ったのですが、下手でも自然に見える彼の演技が、チャンバラ映画に代表されるような既成の邦画に飽きた当時の若者限定で彼らの目に新鮮なものに映ったとも言えますね。
その証左に、裕次郎より年長で慎太郎と同年の僕の父親は、プロフェッサーの元上司と同じく、彼に批判的でした。

ついでに言えば、浅丘ルリ子にも全く魅力を感じない(日本人離れした大美女とは思いますが)
バタ臭い容姿が実年齢よりも老けて見えるのか、子供のころ石坂浩二と結婚のきっかけとなった「二丁目三番地」に出ていたころでさえ、僕の目にはオバサン的に見えました(赤い鳥の歌う主題歌や脚本は良かったですが)

当時は(今もですが)酒井和歌子や新珠三千代といった、日本的な美女が大好きでしたね。AKBなど現代の感覚で見ても、この二人は断トツで綺麗だな、と思っています(笑)
オカピー
2019年05月06日 19:28
浅野佑都さん、こんにちは

>「水曜日の約束」
知りませんでした。図書館のライブラリーを調べたら、この曲の入ったCDがありました。聴いてみましょう。

>正やんへの拍手が鳴りやまず、舞台の袖で出る
>機を窺いながら右往左往する彼女

正やんとは、楽曲を提供してもらったこととの関係でしょうか。
右往左往というのは彼女らしい様子ですね。微笑ましい^^

>既成の邦画に飽きた当時の若者限定で
その見方は正しいと思いますね。
実際50年代終わりくらいから旧態依然の時代劇は低迷していくでしょう? 時代劇と言っても座頭市や眠狂四郎の大映、黒澤明の東宝といった具合に、新しいものが歓迎された時代と思います。戦中・戦後派に東映時代劇はいかにも古いですよ。

>浅丘ルリ子
僕は寅さんに出る浅丘ルリ子は好きですよ。リリーが好きなんでしょうね。

>「二丁目三番地」
懐かしいなあ。僕も観ていましたよ。
主題歌は「目覚めた時は晴れていた」もよく憶えています。歌っていたのは赤い鳥でしたか。僕は伝書鳩のバージョンを家に持っていますが、wikipediaで調べたらレコード化もCD化もされていないとか。勿体ないなあ!

>酒井和歌子
は好きでして、「火曜日の女」シリーズの「蒼いけものたち」にはヒロイン酒井和歌子同様に震えてみたものです。怖さが高校時代まで引きずり、怖いドラマと言えばこれでしたね。
シリーズタイトル以外の題名が解らないことに30年以上もイライラしていましたが、今世紀に入ってネットで調べることでタイトルが解ってホッとした記憶があります。で、何と同作が金田一耕助の出ない「犬神家の一族」だったと知って驚きも加わりました。ネットの便利さを痛感した瞬間でもありました。


浅野佑都
2019年05月07日 01:12
>寅さんに出る浅丘ルリ子
浅丘ルリ子が歌手リリーを演じているというより、彼女の中にもう一人別人格のリリーが生まれたかのような自然な感じで秀逸でしたね・・(彼女自身、何かの番組に出た折それに近いことを語っていたように思います)

山田洋二が、リリーの初登場のころから、最終回の二人(厳密にはまだシリーズは終わっていませんが)を想定していたとしたら、まさにネットの言葉で言う「神~」といったところでしょうね・・。
よしんば、渥美清の体調が悪化せずとも、僕は、あの終わり方以外の幕切れは考えられないと思いますね・・。

浅丘ルリ子主演の「冬物語」も主題歌が良く、ドラマの内容も北国を舞台にした純粋なメロドラマで、内容を碌に覚えていない「2丁目~」と違い、こちらはよく覚えています。
男の激しさと甘さを併せ持つ青年役の原田芳雄が本当に恰好良く、大原麗子や、このドラマがデビューの栗田ひろみもかわいかったですね・・。

>「目覚めた時は晴れていた」
ビリーバンバン(続編の「3丁目4番地」では彼らが歌った「さよならをするために」がヒット)も歌ってましたね・・。
山本潤子と平山泰代のツインヴォーカルが絶妙の赤い鳥の主題歌を、オープンリールのデッキを借りてテレビからマイク録音したのですが、テープの残量を確かめずに
「気付いた時には切れていた」状態で見事に失敗しました(笑)

書いていて気付きましたが、「2丁目シリーズ」も「冬物語」も、主題歌は作曲が坂田晃一でして、美しいメロディラインが彼をして、和製ミッシエル・ルグランかフランシス・レイと形容されたのも宣なるかな、と思います・・。
浅野佑都
2019年05月07日 02:51
 栗田ひろみ(「放課後」での彼女は鮮烈でしたね)が出ていたのは、同時期の「さよなら・今日は」です。
どちらも、浅丘ルリ子と原田芳雄が出ていたもので勘違いしました。失礼しました。
オカピー
2019年05月07日 22:44
浅野佑都さん、こんにちは。

>リリー
最終回の幕切れは見た目以上に複雑の様相を呈していますが、感慨無量でした。

>「冬物語」
こちらも主題歌を何となく記憶していますね。しかし、当時の僕はもうTVドラマを余り真面目に観ていないので、内容は今一つ憶えていません。

>「さよならをするために」
曲調は「目覚めた時は晴れていた」と似ていますが、石坂浩二が作詞していたのが話題になりましたよね。彼に絵の素養があることがこの辺りからよく知られ始め、その多才がよく取り上げられた。昨日のようですが、もう半世紀近い月日が経った!

>>「目覚めた時は晴れていた」
>「気付いた時には切れていた」
上手い! しかし、それは残念でしたねえ。
僕の兄は昭和40年頃から暫くの間TVアニメの音楽をマイクで録っていましたが、ドラマの音楽には大した興味がなかったようで(ドラマ自体は観ていた)、殆どありません。コミック・アニメ好きの兄らしい極端さ。
これを録っていたら貴重だったのに。

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