映画評「モリのいる場所」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2018年日本映画 監督・沖田修一
ネタバレあり

沖田修一という監督は、山下敦弘と石井裕也の中間を行くような、とぼけたお話をのんびりとした独特のタッチで撮る監督である。しかし、タッチが好みのど真ん中とは言い切れないこともあって☆三つの評価が多い。一番良いと思ったのは「キツツキと雨」である。

本作は、僅かに名前を聞いたことがある画家熊谷守一(くまがいもりかず)を素材にしているが、伝記映画ではなく、一種のファンタジーと言って良い。

昭和49(1974)年の東京。鬱蒼とした小さなジャングル状態の庭がある家から30年間外に出ることなく、昼間は飽きもせず庭の動植物を観察し、夜になると学校(アトリエのことらしい)へ入って絵を描くという生活を続けてきた熊谷画伯(山崎努)。半世紀以上に渡り細君・秀子(樹木希林)に苦労を掛けているという思いがある。秀子は我流を貫く夫にうまく対応している。
 一見気難しそうだが、飄々と人生を送る画伯を慕って様々な人が家を訪れ、いつも賑やかである。その中には宇宙人らしき人もいて、外へ出るよう誘うが、今でも広すぎるくらいだと言って、いつものように家に帰って行くのである。

話らしい話はなく、のんびりとした小コントのようなエピソード群が次々に紹介される。彼の書を期待して信州(長野)からやって来た旅館の主人(光石研)に屋号ではなく“無一物”と書いたり、ファーブルの如く昆虫を観察し“アリは必ず左の2番目の足から歩き出す”と言って、写真家(加瀬亮)と助手を当惑させたりする。

マンションの現場監督から見せられた息子の絵の才能を訊かれ、“下手だ。下手は(伸びしろがあるので)下手で良い”と答える辺りはファンタジー色の中に伝記映画らしさを感じさせるところである。

幾つものエピソードがゆったりと見せられるので何日も経たお話かと勘違いするが、よく考えると終盤の宇宙人(?)の台詞が示すように、一日の出来事であることが解る。こういった辺りをどう考えるかで評価も幾分変わってくるような気もする。僕にはどうもとぼけ過ぎていてピンと来にくい。

山崎努は最近の彼らしく、こういう飄々としたキャラクターを巧く演じているが、いつもほどはとぼけていない分上手さが際立つ樹木希林が名演と言って良い。遅くなったが、この鑑賞を以って追悼と致します。

後を追うように、樹木希林のご主人・内田裕也も亡くなりましたなあ。

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この記事へのコメント

モカ
2019年11月03日 17:27
こんにちは。

これは最近CSで観ました。 初めの10分で視聴中止しようかとも思いましたが、我慢して最後までなんとか見終えることができました。 
日本の名優と言われる俳優を二人も使って、何でこんなにしょーもないもん作るねんやろ~情けないなぁ・・・
日本映画の衰退はいまに始まったことじゃないですけど、たまにこういう出来の悪いのを見ると、現実を突きつけられて辛いものがありますね。
オカピー
2019年11月03日 22:16
モカさん、こんにちは。

>初めの10分で視聴中止しようか
ははは。
僕は、最後に宇宙人を出してきたのに幻滅しました。

沖田修一は独自のオフビート感が楽しめれば良いのですが、それが合わない人は、仰る通り、しょーもない話が多いので、ペケですね。

>日本映画の衰退はいまに始まったことじゃないですけど
一応ある程度は選んで観ているのですが、それでも最近邦画は辛うじて水準点を付けても良いという程度の作品が余りに多い。相当甘く点は付けているのですがね。滋味の感じられない作品ばかり。

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  • モリのいる場所

    Excerpt: 昭和49年(1974年)、東京都豊島区。 画家モリこと熊谷守一(94歳)は、もう30年も自宅の敷地から一歩も出ていないと噂されていた。 日中は草木が生い茂る庭で生き物を眺め、夜は画室で絵を描いている。.. Weblog: 象のロケット racked: 2019-03-24 10:15