映画評「否定と肯定」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2016年イギリス=アメリカ合作映画 監督ミック・ジャクスン
ネタバレあり

シンドラーのリスト」(1993年)に関し“ホロコーストはなかった”説を根拠に批判している御仁を見かけたが、阿呆らしくて相手もしていられない。

本作のヒロインであり原作となったノンフィクションの作者である女性歴史学者デボラー・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)も、“ホロコーストはなかった”説を吹聴する英国の偽学者デーヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)に対し、直接対決では無視を決め込むのだが、著書の中で彼を侮辱したというかどで相手から訴えを起こされた為対応せざるを得なくなる。
 ここで問題なのは、被告が相手に非のあることを証明しなければならないという英国独自の変てこなルール。つまり推定無罪はないということ。これは被告にとって大いに厳しい。だから、彼女が選任した弁護団は事実主義を徹底して取り、専門家であるヒロインやホロコーストの被害者に一切証言させない。自ら弁護士も兼ねる相手に翻弄される可能性が高いというのだ。この辺りの法廷戦術が実に興味深い。

本作に関しては、現時点においてホロコーストに関して何の修正要求も起こっていないのだから、結論を言っても差し支えあるまい。
 ホロコースト肯定を押し進める立場ながら、否定しようのない事実として固まった案件に関して今更プロパガンダ映画とは言えないし、ホロコーストの存在が事実であるという主張より、自身の主義主張の為に言論を弄ぶことの卑劣さや、信用すべき人間を信用する人間関係の機微がきちんと浮かび上がる作り方を目指し、実際にそれが上手く表現されている。普遍的なテーマを語る作品として立派な出来栄えと言うことが出来ると思う。

言論の自由に、根拠のない嘘により相手を侮辱する権利は含まれない。南京事件に関して日本の右派(厳密には日本無謬論者)が幾つか確認されている中国側の捏造をもって全体を否定しようとしているが、僕は何らかの事件があったと想像している。人数の多寡に大した意味はない。だから、被害人数を増やすと日本のやった罪が大きくなると思っている中国側も賢くないし、その逆もまた真なり。日本無謬論者は、愚かしくも当時のデマ(直後に官憲がデマと認めたフェイク・ニュース)をそのまま持ち出して関東大震災の朝鮮人大虐殺が、なかったとは言わないにしても、不可避だったのだと主張する。南京事件はともかくこれには呆れて開いた口が塞がらない。

国際裁判で当事者がホロコーストを否定しない上で“もっと殺しておけばよかった”などと言った事実(音声記録あり)を以ってしてもホロコーストがあったことを否定することは金輪際できないのだが、人間の行動心理学の見地から言っても、大国ドイツが国家としてナチズムを徹底的に排除している現状がある故に否定することはできない。人間はやったことすら謝れない人が多いし、ましてやっていないことを(個人ならいざ知らず)国家全体が反省することなど100%ありえないからである。

東京新聞の文化コラムニスト(外部の人?)が「週刊SPA!」による女子大ランキングの件で、一見女子大生側を批判したように見える小林よしのり氏を批判した。本作の“否定と肯定”の図式に近いものがある。しかし、このコラムニストは小林氏の言ったことを殆ど理解していない。小林氏は現在蔓延する全体主義的傾向を批判したにすぎない。同時に、小林氏が女子大生側の意見をやや誤解したところもあると思う。

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この記事へのコメント

2019年02月03日 10:59
なにゆえ今更この御仁はわかりきっている事柄に
異議をそれも堂々とエラそーにくっちゃべって来るか!
まれにですが現実生活でもありえることが、このような
裁判劇になり優れた映画となって、嬉しい限りで
ウハウハしながら鑑賞させていただきました。
あらためて反証しなければならないという縛りに
被せたお話の展開の妙には唸ってしまいました。


オカピー
2019年02月03日 21:38
vivajijiさん、こんにちは。

恐らくあのじいちゃんは、自分の差別感情を満足する為に、都合よく解釈したのでしょおう。ホロコーストそのものを否定する人の中にも、反ナチズムの人もいるかもしれず、それを裁判官はサジェストしたのかもしれませんね。あのじいさんは明らかなナチ・シンパでしたから、これはダメです。

何かを考えさせる映画というのは面白いですねえ。
浅野佑都
2019年02月05日 06:30
 新しい切り口のホロコースト物であり、面白く観られました。
>(虐殺されたとされる)人数の多寡に大した意味はない。

 この、プロフェッサーの指摘は本当に重要でして、ぼくが子どもの頃は、南京虐殺の人数は中国側の発表は二十万人でしたが、いつのまにか三十万人となっています・・。
もちろん、戦後70余年が過ぎた今、新たな証拠が発見されるわけもなく、専門家の考察もバラバラであり、真相は神のみぞ知る、というところでしょう・・。
古今東西の戦争の実相を見渡しても、ネトウヨの仰るように全く無かった、というのはありますまい・・。少なからぬ無垢の中国人も犠牲になったでしょうし、時と場所を変えれば、中国人による日本の民間人虐殺もしかり、だったでしょう・・。

ただ、僕は、ナチのホロコーストだけを特別視する今のような見方には反対で、アウシュビッツも、人間のやった過去の多くの差別、戦争犯罪の一つに過ぎないのだと思いますね・・。そこをグダグダにしてしまうと、却って、ユダヤ陰謀説などの空論が跋扈することになるでしょう・・。
浅野佑都
2019年02月05日 06:30
僕は、マレーシアに仕事で滞在していた際に、ペナンの外国人向けのレストランで、男にいきなり英語で「おれは戦争を覚えているぞ!日本軍はマレー人を殺した!」と執拗に叫ばれました。
僕も拙い英語で、「私は、インドネシアを良くするために日本から仕事で来た。君は、戦争のときは生まれていないはずだ。この国は、素晴らしい国で未来も開けている」みたいなことを繰り返し言ってやったら彼は無言で決まり悪そうに去って行きました。

その男は僕と同年代か、ちょっと上くらいだったので、戦争のことは親から聞いたのでしょう・・。金のある日本人を、ちょっと弄って友達に武勇伝を吹聴したかったのか・・。

現地の戦争を経験している年配者にも、もちろん友好的な人は多いです。

敗戦国であり、自国の歴史を小学校であまり勉強せず元来大人しい日本人は、特に、(勝利国である)欧米人から捕虜虐待などを持ち出されるとすぐに謝りますが、これはお互いさまであり、一方的に謝罪するのはいけないと思いますね!
オカピー
2019年02月05日 20:53
浅野佑都さん、こんにちは。

>南京虐殺・・・二十万人・・・三十万人
僕もそう記憶しております。増やしたところで意味がないのに。

>中国人による日本の民間人虐殺もしかり
当然ですね。
 その一方で、僅かでしょうが、残された日本人の子供たちを救ってくれた中国人もいるわけで、左右ともども極端な意見に偏り過ぎています。

>アウシュビッツ
ユダヤ人虐殺がここまで取り沙汰されるのは、彼らがお金と時間をかけて色々やっているからでしょうね。
 この間新聞で、反ユダヤ主義への反対で実績のあった人が、現在のイスラエルを批判したら、反ユダヤ主義の烙印を押されてしまったという話題を読みましたよ。全体主義、思考停止の極みです。

>お互いさま
御意。
 現在の中近東の混乱は第一次大戦前後の欧州特に英国に原因があると思っていますし、ロヒンギャの火種も英国の政策にあったと言われていますね。
 謝らなくて良いですが、右派が“日本の収容所は世界一素晴らしかった”などと、大本営撮影のフィルムを証拠に言ったりするのも勘弁して貰いたいものです。

>マレーシア
海外の海外営業(市場開拓)に配置された時に、上司に“政治と宗教の話はするな”と釘を刺されました。取引先には韓国人も中国人もいましたが、おかげさまでもめたことはなかったですね。彼らも日本人に対してそういう意識を持っているように見えませんでしたし。

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