映画評「黒い雨」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1989年日本映画 監督・今村昌平
ネタバレあり

晩夏から初秋の頃井伏鱒二の小説「黒い雨」を読んだ。ユーモラスな作品が多い井伏作品の中では断然重苦しい作品で、何となく敬遠しここまで時間がかかったわけだが、一種のドキュメントとしてその凄惨さに圧倒される思いを抱いた。
 また、30年ほど前今村昌平がこの作品を作ったことを意外に感じ、実際に観ても今村らしい脂ぎった印象を受けない一方、日本人なら一度は見ておくべき秀作と思ったものである。

広島。原爆投下に遭って直接被爆した会社員の重松(北村和夫)は、5年後二十年来一緒に暮らしている亡姉の娘・矢須子(田中好子)の嫁入りに奔走するが、被爆したというデマの為になかなか結婚相手が見つからない。そこで彼は、その証拠となる娘の日記と自分の日記を清書することでその被爆していないことの証拠となそうとする。が、上手く行きそうだった縁談は投下後に“黒い雨”に打たれたことを打ち明けて矢須子が自ら壊してしまう。その間に彼の釣り堀仲間だった二次被爆者が次々と亡くなり、遂には矢須子に関して会ったこともない義姉に対し罪悪感を持っていた妻・シゲ子(市原悦子)まで亡くなってしまう。その直前に原爆症を発症した矢須子は重篤な症状に陥り再び病院に運ばれると、重松は“五色の虹が出れば矢須子は助かる”と空を見る。

原作の思いはきちんと映画化されていると思うが、色々と改変がある。
 小説では、日記の清書からお話が始まり、その中身を追う形で、8月6日から15日にかけての広島の惨状が描かれている。翻って映画は1945年8月6日から始まり、後は5年後を中心に時に再び1945年に戻るという体裁となっている。多くを原爆投下後の惨状に費やす原作に比して映画版は5年後の描写がぐっと多く、重松は狂言回しで矢須子が実質的な主人公のような印象を抱かせる。小説は矢須子を思う重松が主人公である。

映画独自の設定としては、戦場体験のPTSDに苦しむ青年・悠一(石田圭祐)の存在があり、彼と矢須子が精神的に相憐れむ関係になるという流れの為に、前の縁談が壊れるのは矢須子本人に原因があるように変えられている。悠一の症状は悲劇的であるが、今村作品であるから喜劇的な印象が醸成される見せ方をしている。詐欺師まがいの霊能者の扱いもそれに準ずる。こういうユーモアは原作にはない。
 前回の鑑賞以降ひたすら厳粛という記憶だけが残っていたから、今回ユーモアもあることが確認されたことに再鑑賞の意味があった。

分量としては原作ほど多くないものの、被爆直後に幽霊のようになった老若男女の姿にはやりきれなくなる。これをここまできちんと見せたドラマ映画は本作が初めてであろう。
 反面、矢須子の比重が比較的大きい為二次被爆の残酷さが原作以上に出ていると思われる。原爆投下後に町を横断する愚かさを指摘する人がいるが、核爆弾の怖さどころかその存在自体を知らなかった当時の人々にそれを言っても意味がない。

といった次第で、今村監督作品ならではの毒を期待するとほぼ空振りに終わる一方、被爆そのものを直視した作品として後世に残る秀作であることは間違いない。

本当に田中好子は死んでしまったものなあ。平均寿命が90歳に迫ろうという時代に50代の死は悲しい。話が変わるが、直後に広島に入った伯母の旦那さんは軽い原爆症を患っていたらしい。

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この記事へのコメント

蟷螂の斧
2019年06月30日 17:46
オカピー教授。こんばんは。

>矢須子(田中好子)

彼女が鏡で自分の身体を映す場面が悲しかったです

>平均寿命が90歳に迫ろうという時代に50代の死は悲しい。

それは最近僕もよく思う事です
身近な人でも有名人でも50代で亡くなっている人が案外多いです。
仕事で頼りにされて健康を害する世代です。

>直後に広島に入った伯母の旦那さんは軽い原爆症を患っていたらしい。

大変でしたね・・・。
オカピー
2019年06月30日 21:27
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>彼女が鏡で自分の身体を映す場面が悲しかった
そうですね。モノクロ故に悲しみも際立ったように思います。

>仕事で頼りにされて健康を害する世代
実に適切な表現だと思います。以前高校のメーリングリストに載せていた頃、思わず訃報が伝わって来たこともあります。いつの間にかリストはなくなってしまったようで、その後は解らないのが残念です。

>大変でしたね・・・
そのせいか病弱で、ごく短命でもなかったですが、多分60代で亡くなっています。当然原爆症の補償など受けられるはずもなく・・・

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  • 黒い雨

    Excerpt: 1945年8月6日、叔父の元へ行くために瀬戸内海を渡っていた矢須子は、突然の閃光のあと振りだした黒い雨を浴びてしまう…。 原爆被爆者とその周囲の人々を描くヒューマンドラマ。 Weblog: 象のロケット racked: 2018-12-19 01:48