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zoom RSS 映画評「ゴーギャン タヒチ、楽園への旅」

<<   作成日時 : 2018/11/04 08:53   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2017年フランス映画 監督エドアール・ドリュック
ネタバレあり

ゴーギャンという画家を知ったのはほぼゴッホとほぼ同時だった。中学生の時にTVで観た映画「炎の人ゴッホ」(1956年)にゴッホの画家仲間として出て来たのだ。そのずっと後「黄金の肉体 ゴーギャンの夢」(1986年)という映画を観ているが、まるで憶えていない。
 ついでにそれより以前、中学一年の時にモームがゴーギャンをモデルに書いた「月と六ペンス」を読み、「子供には難しくて感想文が書きにくい小説だ」というバカみたいな感想文を書いた。彼の絵については「炎の人ゴッホ」を見た後買って貰った百科事典《ジャポニカ》の別巻「世界美術名宝事典」で勉強した。

閑話休題。

欧州の物質文明的な側面に画家として飽き足らなくなったゴーギャン(ヴァンサン・カッセル)はタヒチに旅に出、森の奥に入って素朴な住民たちと交流、少女テフラ(チュアイ・アダムズ)を現地妻に迎えるが、絵を描いても彫刻をしても思ったような収入が得られないので、港で肉体労働をして生活をするうち、原住民の弟子と妻の姦通を疑い、結局行き詰って心臓病の患った肉体を休める為に帰国する。

ほぼタヒチでの生活に焦点を合わせ、それもテフラとの愛憎関係を重点的に描いた内容になっていて、昨日の「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」よりまとまっている。しかし、ゴーギャンの人物像の彫琢は粗く、タヒチの野趣もそれほど感じられず、全体として平板な描写に推移して物足りない。

「炎の人ゴッホ」でゴッホと別れた後のお話で、本作でフランスに帰った後を「黄金の肉体 ゴーギャンの夢」が描くので、この順で見るとゴーギャンの人生が大分解るはずである。彼は、その後もう一度タヒチへ行き、さらにマルキーズ諸島に移住してそこで死んでいる。

代表作がタヒチ時代に書いた絵に集中していることを考えるに、タヒチに行かなければ彼の名前はここまで一般的にならなかっただろうね。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
ゴーギャン タヒチ、楽園への旅
1891年、フランス・パリ。 作品が売れず困窮していた画家ポール・ゴーギャンは心機一転を図るべくタヒチへ移住するが、妻子はついて来なかった。 病に苦しんでいたものの、村の美しい少女テフラと暮らし始めてからは精力的に絵を描き、生き生きとした毎日を送るようになる。 しかし、その幸せは続かなかった…。 実話から生まれたラブ・ストーリー。 ...続きを見る
象のロケット
2018/11/04 22:52

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
偶然の女神がまた舞い降りたようです。(^^)
夜中のkindle読書で昨夜「月と六ペンス」読了。
ゴーギャンがモデルと言われている主人公の画家
ストリックランド←イヤな奴ですよ。10代に
初読でしたがこんな小説だったのかといささか
驚いたまま爆睡。わからないからわからないと
正直にお書きになったプロフェッサーの感想文は
まさしく正しいですわ。先日観た「セザンヌと
過ごした時間」(2016)のセザンヌ然り、
ゴッホ然り、ゴーギャン然り、薄幸と一口には
言うけれど映画化されたものや文献見ても
太宰じゃないけれどすべからく「人間失格者」。
金銭感覚ゼロ・性的放縦・・・ほんと
周りはたまったもんじゃない。しかしそうで
あればあるほど映像的に光るとはこれいかに。

ゴーギャンはおそらく梅毒、
モームによるとストリックランドは癩病、
末路は悲惨。でも、絵(芸術)だけは残った、
ということかしらん。
vivajiji
2018/11/04 11:54
vivajijiさん、こんにちは。

>kindle読書で昨夜「月と六ペンス」読了
おおっ、それはまた奇遇な!
僕もまた読んでみようかなあなどと最近考えていて、今回この映画を観て、昔書いた感想文のことなど思い出しました。

>感想文
本当にそれしか書けなかった。確かに正直と言えば正直。
先生も苦笑したでしょう^^;

>セザンヌ
明日拙い記事に出す予定。お楽しみに!

>周りはたまったもんじゃない。
最近の若い人(?)は、共感できない人物が出る映画はそれだけでダメらしいですが、当たり前の人間しか出て来ない映画のどこが面白いのかと僕は思いますがねえ。
実際彼らは小津安二郎の映画を観ても面白がらないでしょ?

>絵(芸術)だけは残った
今でも芸術家は変わり者が多いと思いますが、しかし通信手段の発達で、死後売れたり有名になったりするあの時代の芸術家とは違い、今有名にならない人は将来もきっとダメでしょうねえ(多少の例外はあるにしても)。
オカピー
2018/11/04 22:36

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