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zoom RSS 映画評「パリへの逃避行」

<<   作成日時 : 2018/11/17 09:16   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2017年イギリス映画 監督ドミニク・サヴェージ
ネタバレあり

WOWOWの放映によってのみ観られた日本劇場未公開映画。【W座からの招待状】という番組主催の先行上映という形で映画館でも一応観られたが、群馬の山間部に住む僕は勿論TVで観る。

ロンドン郊外で夫ドミニク・クーパーと暮らす専業主婦ジェマ・アータートンが、保育園に通わせている娘と息子の世話を続ける日々に疲れ、心を解放する為に美術学校に学びたいという要求を真に理解することのない夫ドミニク・クーパーと心のすれ違いを起こして遂にユーロ・スターに乗ってパリへ赴く。パリで妻子持ちのくせに独身を偽装するナンパ男ジャリル・レスペールと過ごした後、疲弊した彼女に手を差し伸べた老婦人マルト・ケラーに諭されて英国に戻るも、家族のもとに帰るわけではない。

というお話で、ボーヴォワール「第二の性」を読んだ後の僕には、優しそうに見えても夫の男性ならではの支配意識がもたらす彼女の苦痛が妙に理解できる。現在ではボーヴォワールが前述作を発表した第二次大戦直後に比べて女性に親身に接する男性が多くなっている一方で、優しい男性が真に女性(の心の叫び)を理解しているとは限らない。この作品の夫などはそうした男性だろう。こういうタイプが女性には案外やっかいなのである。

相対的には恵まれている彼女だから、女性の中にも批判的な人がいるにちがいないが、個人の時代である現在、同じような日々を生きることから生まれる閉塞感の打破を目指し、それを邪魔する圧力から逃れる彼女の権利は認められなければならない。

しかし、ヒロインの立場が理解できるからと言って、良い映画とは言いにくい。冒頭場面を繰り返す最後の場面でヒロインが一人暮らしを始めて道を歩いている時に子供の声が聞こえて来るとそちらのほうを向く挙動など、繊細に作られているところが多いものの、映画的な面白味に欠けるのである。セミ・ドキュメンタリー的にすぎるからで、実際に台詞は即興演出らしい。嘘をいかに上手く本当らしく見せるかという劇映画本来の面白味を求めると不満が残るということだ。
 ただ、即興演出としては非常に上手くこなされている気がする。即興演出は究極の本物らしさを目指して取られる手法でありながら、即興演出による“実際”は、劇映画という枠の中にはめ込まれた時、我々が映画の中で見慣れた“実際”から却って遠のいてしまうという経験をしてきた僕にしてみると、相当うまくやっていると感じられるのである。

ポール・マッカートニーがかつて歌った「アナザー・デイ」Another Dayを思い出す。このタイトルと歌詞のanotherには「いつもと同じでうんざりする」という感情が込められている。「風と共に去りぬ」の最後の台詞のように希望も込められているという理解が同時に成り立たないわけではないが。中学生が使う英和辞書にはこうした使い方が載っていず、当時の僕は理解に苦労したものだ。

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