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zoom RSS 映画評「月と雷」

<<   作成日時 : 2018/11/01 09:27   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・安藤尋
ネタバレあり

人気女性作家の中でも角田光代は純文学寄りと思うが、何故か映画界にも割合人気がある。

20年ほど前の幼女の時に母親に出て行かれ、比較的最近父親に死なれたスーパー店員・泰子(初音映莉子)は、幼馴染の智(高良健吾)の唐突の出現にショックを受ける。何となれば、交際する男性との結婚が現実的な視野に入っている彼女にとって、母親が出て行き父親が最終的に情けない死に方をする原因を作ったデラシネの女性直子(草刈民代)の息子だからである。個人的には悪い思い出ではないが、“普通”正確に言えば“普遍的”な生活を求める彼女にとって、半年間この家で同居した関係である智は正反対の“非常識”を象徴する存在だからである。
 同時に懐かしい人間でもあるから、結局彼との同居生活を再び始め、彼の勧めでTV番組を通して実母と再会、その結果父親違いの妹・亜里砂(藤井武美)も彼女の家にやって来る。さらに男と切れた直子も現れ、暫し疑似家族の様相を呈するが、例によって直子は去って行く。泰子は智の子供を宿し、彼も家庭を築く気になるがやがてまた姿を消す。

安定(による幸福)を求めるデラシネと言えば寅さんだ。寅さんの帰る家がもの凄く安定しているから彼の安定への希望とそうできない現実が解りやすく捉えられ胸に迫る。智は母親の血を受けてデラシネの生活への欲求を排除できず、幕切れではまた出て行ってしまう。青年に寅さんの悲しみはないから、観客たる我々に普遍性は終ぞ感じられない。最終的に特殊が普遍に昇華しなければならない一般ドラマとして本作に問題があるとしたらそこであろう。簡単に言えば、ピンと来ない若しくは来にくいのである。

最後に少し笑うヒロインの心情も、ある程度想像できる(「またやったな」という微苦笑と「また帰ってくる」という希望の混ざった笑いであろう)が、一人合点に近い。原作はヒロインが駅で智を待つところで終わり、それもまた本当に現れるかどうか分らないという曖昧さを残すらしい。しかし、どちらの結果であるとしても読者を放っておくことはない。

題名の「月」は安定、「雷」は不安定を指すと思われる。

安藤尋という監督は、きちんと見るのは初めてだが、セミ・ドキュメンタリーの中でも特に重苦しいタイプで、呉美保に近い気がする。草刈民代は新境地を見せる力演。

角田女史の小説「八日目の蝉」を借りてきた。映画版再鑑賞(但し以前観たのは大幅カットの地上波放映版)に備えて比較する予定なのだ。

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月と雷
地方都市の一軒家で一人暮らしをしている泰子はスーパーで働いていて、もうすぐ食品会社の社員・太郎と結婚する予定だった。 そんな時、死んだ父親の愛人・直子の息子・智(さとる)が、20年ぶりに訪ねて来る。 男の元を渡り歩く直子に連れられ各地を転々として育った智は、「また一緒に暮らさない?」と、泰子に提案するのだった…。 ヒューマンドラマ。 ...続きを見る
象のロケット
2018/11/01 11:33

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