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zoom RSS 映画評「ふきげんな過去」

<<   作成日時 : 2018/10/20 09:22   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・前田司郎
ネタバレあり

ミーハーが多く集う【Yahoo!映画】では酷評の嵐だが、文学と哲学に興味ある方なら相当面白く観られると思う。内容はほぼシュールな前衛演劇で、事実、脚本を書き監督をした前田司郎は劇団を主宰する劇作家である。

未来が見える(と称している)為現実に退屈している女子高生・果子(二階堂ふみ)の前に、18年前に姿を消し警察に死んだことにされた伯母の未来子(小泉今日子)が現われ、爆弾を作ることに命を懸けていて、死んだことになるや生き返った気分を味わったなどと半ば意味不明のことを話す。年下の革命家を気取るツバメのような男(高良健吾)に連れられ現われた形だが、世間体その他を慮って家に籠った挙句、やがて相棒と共にシナイ半島に旅立つ。

僕が嬉しかったのは、欧米では古代からよく素材になって来た抽象概念の擬人化が日本映画でもやっと見られた、ということである。先年のアメリカン・アニメ「インサイド・ヘッド」が卑近な例。これに類する日本映画に「脳内ポイズンベリー」というのがあるが、擬人化が前提・目的ではなく手法であった為、厳密には抽象概念の擬人化と言いにくい。その点本作は抽象概念の擬人化という定義を完璧に満たしている。即ち、

勘の良い方ならヒロイン二人の名前から簡単に想像が付くと思うが、果子は“過去”、未来子は”未来”である。時間が経てば未来も過去になるから、二人は事実上の同一人物である。しかし、一応現実に立脚しているので、未来子は実は果子の母親ということが明らかにされる。
 果子(過去)は言わばタイムマシンに乗って過去からやって来た未来子(未来)であるから退屈する。若い未来子(未来)は未来からやって来た果子(過去)であるからやはり退屈する。未来と過去は一緒にいることは出来ないから未来(未来子)は去るわけである。
 つまり、「存在と時間」あるいは実存という概念を表現した内容と思われる。実存哲学を専攻する大学生なら面白く観るのではないだろうか? 爆弾はお話を進めるためのギミック。

幕切れは通常であれば、運河にいて死んだと思われたワニが実は生きていてそれが果子には面白く笑ったと考えられる。しかし、そうではないかもしれないと考えるのも面白い。

お話の構成を考えると、高良健吾のツバメ(?)は、誘拐された子供ということになる。

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