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zoom RSS 映画評「私の殺した男」

<<   作成日時 : 2018/10/02 11:31   >>

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☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1932年アメリカ映画 監督エルンスト・ルビッチ
ネタバレあり

フランソワ・オゾンによるリメイク「婚約者の友人」を見て、オリジナルのこちらも観たくなった。僕が初めて観たのは1990年代の初めくらいだろう。

本作の内容はリメイクの前半と全く同じと言って良い。違うのは、主人公のフランス青年ポール(フィリップス・ホームズ)が戦闘中とは言え人を殺したことの罪悪感に耐え切れず、許しを請いに殺したドイツ兵ウォルター(トム・ダグラス)の家族を訪ねるという目的が前段として明確に示された後に、医者をする一家を訪れるというきちんとした順を踏んでいることである。
 僅かな違いだが、それにより映画のジャンルが変わってしまうくらい大きな差にもなる。本作ではジャンルが違うところまでは行かないが、オリジナルでは観客が一家の知らない事情を知っていることにより一種のサスペンスが生れる。リメイクはそれが観客に明かされていないから謎が生じるわけである。

さて、家族の誤解から友人として歓迎され真相を告げにくい主人公は帰国を決意して、婚約者の両親と同居する娘エルザ(ナンシー・キャロル)に告白する。彼に好意を抱いているとは言ってもさすがに娘は苦悩する。しかし、両親に告げて帰国しようとする彼を留めて真相を話させず、代わりに「ポールは村に残ることにした」と告げ、両親を幸福感いっぱいにする。

リメイクのヒロインは帰仏した若者を追い、もっと苦悩することになるというように、ぐっと現在的に即ち個人的に処理される次第だが、本作の彼女の苦悩も他人にはなかなか推し量れない。
 しかし、ポールが両親から渡されたバイオリンを弾き始める(彼はオーケストラのバイオリニストである)と、彼女はピアノを弾き始める。文字通り調和であり、これは娘にとって許しを越えて和合を意味しよう。恐らく両親に真実を告げさせないことで彼女自身も満足感を覚えたのであろう。これにより彼も救われるのである。非常に感動的と言わなければならない。

父親の医師を演ずるのが名優ライオネル・バリモアで、さすがの名演。この幕切れと同じくらい感動的なのが、フランス人に対して当初強い反感を覚えたこの老人が、若者が息子の墓参りに訪れたと知って、態度を豹変させるところである。全体主義的なところから一転、個人主義的に変わる、つまり悪いのはフランス人ではなく、戦争そのものであり、それを起こした国家であるということを理解する瞬間である。“息子たちを殺したのは我々父親であってフランス人ではない。フランスの父親たちも同じである”という考えが胸を打つ。
 当たり前のことだが、彼の飲み仲間にはそれが理解できないのである。エルザに横恋慕しているシュルツ(ルシアン・リトルフィールド)がポールに反感を持たせようと仲間を煽る場面の厭らしさよ。

監督をしたのが洒脱なコメディーの名人エルンスト・ルビッチで、僕が観た中では唯一のシリアス・ドラマだが、天才を何を作っても大概上手い。徹底したシリアスぶりながら、コミカルな味を漂わせる場が二つある。一つは、エルザがフランス人と交際していると知った婦人服屋が値札を高いものに変えるところと、物見高い村の中年夫人が二人の様子をじっくり見てやろうと窓枠にクッションを置くところ。これによりアクセントを成し、観客に息を抜かせる。

戦前の作品では「西部戦線異状なし」(1930年)に並ぶ反戦映画と言って良い。片や、戦場の場面を大量に配置し、片や殆どなし。極めて対照的な内容だが、どちらも圧倒的である。

パ・リーグの優勝が決まった。総じて「西武戦線異状なし」でしたな。

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