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zoom RSS 映画評「御誂治郎吉格子」

<<   作成日時 : 2018/10/15 10:00   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1931年日本映画 監督・伊藤大輔
ネタバレあり

「おあつらえ じろきちこうし」と読む。再鑑賞。

戦前の日本の映画会社は映画をお金儲けのため、一過性のものと考えていたから保管への意識が低く、邦画の揺籃期から成長期の作品の大半が焼失・消失してほんの一握りの作品しか観られない。映画史に残る作品が殆ど観られないのだから残念である。

本作は伊藤大輔の傑作時代劇で、主人公はお馴染みの鼠小僧である。9巻(100分程度)のうち3巻分ほど欠けていて、お話が綺麗に繋がっていないところもあるが、内容はよく解る。古い日本映画の現状を考えると有難いことと言わなければならない。

今や兇状持ちとなった大泥棒・鼠小僧治郎吉(大河内伝次郎)が上方へ逃げる船中で、仇っぽい美女お仙(伏見直江)と知り合い、そのまま懇ろになる。恐らくこの後の数場面がカットされていて、もう何日も二人は一緒に宿屋で過ごしていることになっている。彼女は床屋の兄仁吉(高勢実乗)に身売りをされていて二進も三進も行かない状態と治郎吉に告げる。
 治郎吉は談判するため顔を当たることを口実に仁吉を訪れるが、そこへ現れた可憐な元武家らしい少女お喜乃(伏見信子)を見出す。彼女もまた仁吉の十手持ちになりたいという野望の犠牲になろうとしている。治郎吉は実は自分の窃盗の被害者と判った彼女の救出に奔走し、お仙と別れようと彼女に本音でもない憎まれ口を叩く。
 お仙は治郎吉の発言を聞き彼から貰った百両を手切れ金に兄妹の絆を切ると言う。仁吉は妹の情夫が鼠小僧と気づき、御用の手配を廻す。喜乃の家に預けた百両を取り戻すために父親を殺した仁吉に復讐する為治郎吉は家に赴く。捕物連中に囲まれ治郎吉が弱っているのを見、お仙は注意をそちらに逸らすべく川へ身を投げる。

そこへ分割された字幕が入る。「お喜乃」「お仙」「いい月だなあ」(治郎吉の台詞)。一遍に出さずに分割したところに味わいがあり、しかも呼吸が全く良いのである。対照的な二人の美女への思いに裂かれる治郎吉のロマンチシズム! 自らを犠牲にしたお仙への哀れみ! 胸に迫る。ここに限らず、伊藤大輔の字幕の扱いは誠に素晴らしく、芸術品と言って良い。

一秒に満たないごく短いショットのインサートも興味深く、最初は船中での捕物の際に猿のショットが二、三度挿入される。こういうことができるのもサイレントならではという気がするが、これが本格的に使われるのが治郎吉がお喜乃に駕籠を手配し、自らは床屋へ急ぐ場面における太鼓の挿入である。最初は間合いを置き、それがどんどん短くなって風雲急を告げる感じを上手く出している。太鼓の音が聞こえて来るような気さえするではないか。表現の効果という点で言えばトーキーはサイレントに到底敵わない。

しかし、惜しいかな、3巻ほどのカットによりお話がきちんと繋がっていないところもあり、少し減点しておくことにする。

伏見直江は双葉十三郎師匠のご贔屓No.1女優。師匠は夏目雅子も好きだった。アングルによってはこの二人、よく似ている。師匠の好みが分かろうというものだ。

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