プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「蜂の巣の子供たち」

<<   作成日時 : 2018/09/26 09:41   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1948年日本映画 監督・清水宏
ネタバレあり

清水宏監督の作品を観たのはこれが初めてだった。30年くらい前だろう。2週間ほど前に日本の長谷井宏紀という人がフィリピンを舞台にイタリア資本で撮った「フランカとギター弾き」を見て思い出したのでわがライブラリーから見ることにした。

終戦直後。下関駅に降り立った復員者島村(岩波大介)は、数名の十歳くらいの戦災孤児と出会い、食糧を分け与える。ところが、少年たちはそれを“叔父貴”と呼ぶ身体障害者(御庄正一)に渡す。少年たちは彼らが盗むなどしてきたものを横取りする小悪党に従い、生きているのである。
 しかし、子供達は行く当てのない、感化院“みかえりの塔”出身の島村の優しさに惹かれ、仕事行脚の彼を追いかけ、島村が探し出す仕事に懸命に付き合う。母親を船上で亡くした義坊(千葉義勝)は引揚の女性(夏木絢子)を慕って四国に縁者(広島に出した電報が返送される)を尋ねる彼女に付いていく。
 徒労に終わった旅から帰った女性と離れて再び一緒に行動する少年は山で栄養失調で死ぬ。東京に行ったはずの女性は広島の港で売春婦に身を落とそうとしているところを発見され、少年の死を聞いて泣き崩れる。
 かくして、彼らは全員“みかえりの塔”を目指し歩みを進める。

今回再鑑賞して1941年に清水監督が作った「みかへりの塔」の関連作品となっているのに驚いた。
 清水監督は、少年たちの犯罪模様を描かず、健気なところを一生懸命映し出す。大昔に作られたということもあり、近年作られた作品におけるブラジルやフィリピンの少年たちの小犯罪者ぶりとは全然違う。実際と違うかどうか定かではないものの、当時の年少の少年たちは案外こんなものだったかもしれない。内容的にリアリズムに拘らず、後味の良い作品である所以である。

島村青年は物品以上に少年たちに欠けているものは教育であると気づき、益々自分のいた“みかえりの塔”へ帰る気を強くするわけで、これは実際に戦災孤児を引き取っていた清水監督の本音であっただろう。
 出演者はイタリアのネオ・レアリズモ同様全員素人。戦災孤児は本物で、監督が引き取っていた子供にちがいない。台詞は大人も子供もほぼ棒読みだが、表情はなかなか良く、大いに実感を伴う。

松竹時代の作品と比べると、ドリーを使った縦移動や横移動など特徴的な撮影技法がやや控えめで地味に感じるが、終盤に圧巻の描写がある。少年の一人(岩本豊)が海が見たいと言う病気の義坊を負ぶって山の頂上まで行く場面で延々とロングショットを貫き、アップでは足だけを映す。これらにより頂上に着いた時に義坊が息絶えていたと判る時大きなショックを生むのである。純粋に撮影としても抜群と言うべし。

日本にもこういう時代があったことを知る為に若い人にお薦め。

しかし、観るチャンスはあるか? 僕は30年くらい前に始まってさほど経っていない衛星放送で本作を観たわけだが、最近の衛星放送の旧作への取り組みは非常に低調。憤懣やるかたない。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「蜂の巣の子供たち」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる