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zoom RSS 映画評「火花」

<<   作成日時 : 2018/09/21 08:34   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・板尾創路
ネタバレあり

ベストセラーも芥川賞も僕を動かさないが、偶々2014年にチケットが手に入って又吉直樹の小説はパソコン上で読むことができた。芸人を主人公にし、人の世の生きにくさを普遍的に綴った印象を持った。しかし、全体的に感想を書きにくい作品でもある。それは板尾創路が映画化したこの映画も似たようなものと感じる。

熱海の花火祭に招かれた漫才コンビのスパークス徳永(菅田将暉)は、同じ舞台になった先輩芸人・神谷(桐谷健太)が示したカリスマ性に惚れ込み、師事する。やがて、上京して妙齢美人の真樹(木村文乃)と同居する神谷と親交を深めていくが、自分が楽しめるのが一番という独自の漫才哲学を実践する余り神谷は芸能界から落伍、その一方でスパークスはTVの末席に出るくらいの力を備えていく。しかし、さほどの成功とは言えず、家族を食べさせる必要の生じた相方・山下(川谷修士)から切り出されて解散しサラリーマンになり、2年後くらいに笑いの為にシリコンを入れて巨乳を備えた神谷と再会する。

小説を読んだ時このコント的な最後の展開が非常に浮いていると感じ気に入らなかった。しかし、文章の方が寧ろインパクトが強く、映画ではそれほど気にならないと同時に、二人が出会った熱海を再訪する幕切れにもそれなりの感慨を催させる。
 本当の主題を掴みかねるところがあるにはあるが、芸人の世界という以上に、世の中特にネット時代となった世の中の生きにくさを僕は感じるのである。幕切れには人々の小市民ならではの悲哀が滲み出ているような気がする。ややチェーホフ的な後味と言って良いかもしれない。

神谷の漫才哲学は、また、真に芸術を目指す人が必ず直面する問題を内包している。商業性の問題である。ゴダールがトリュフォーの商業性を批判したように、映画では特にこれが問題になる。商業性にも色々あって安易すぎて本当にけしからんものもあるが、一般的に商業性なしに次の映画を作ることは難しい。全ての芸術を同じ土俵で語るわけには行かないにしても、生活をする必要があることを考えると、どの芸術においてもある程度の商業性は認められるべきだろう。

花火の場面から始まるので、どうもタイトルが「火花」「花火」の間でごちゃごちゃになる。特に小説のほう。

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火花
若手お笑いコンビ「スパークス」の徳永は、4歳上の先輩である漫才コンビ「あほんだら」の神谷の芸に魅了される。 弟子にしてもらう代わりに神谷の伝記を書くことを頼まれた徳永は、毎日の出来事をノートに書き綴る。 …2年後、徳永は拠点を大阪から東京に移した神谷と再会。 また才能を磨き合う充実した日々が始まった…。 青春ドラマ。 ...続きを見る
象のロケット
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