映画評「三度目の殺人」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2017年日本映画 監督・是枝裕和
ネタバレあり

是枝裕和監督がこれまでのホームドラマの枠を破って作った心理サスペンス風哲学映画である。それでも親子の問題が切り離せないのは是枝監督らしいと言うべし。

解雇された初老の工員・役所広司が、雇用者たる工場の社長を撲殺し死体を損壊した罪で逮捕される。殺人と死体損壊を認める自白もしている。弁護士・吉田鋼太郎は言うことがころころ変わる被告に手を焼いて、弁護を仕事と割り切る合理主義者の同僚・福山雅治に引き継がせる。福山は30年前に殺人を犯した役所に情状酌量で有期刑を下した裁判長・橋爪功の息子でもある。
 死刑が有力視されるのでそれを無期懲役にまで減刑するのを目標とし、やがて被害者の妻・斉藤由貴の携帯電話から役所の口座に送金された事実を嘱託殺人の証拠としてそれで押していこうとするが、今度は娘の広瀬すずが父親の性的虐待を訴え、彼が彼女の代わりに以心伝心(忖度)的に殺したのだと主張する。
 これを役所に伝えると、突然彼は殺人そのものを否定、寧ろ栽培員や裁判官の心象を悪化させ、結局死刑判決を下される。

Allcinemaの投稿から本作を考えてみる。
 まず“良い話に終わらせたのが残念”という意見については、「良い話に終わらせる」ことが映画として弱いと考えることは固定観念にすぎないということは措くにしても、見当違いであろう。是枝監督の目的は終盤に明らかにされる被告人の人情ではなく、そこに至るまでに打ち出される哲学的命題について鑑賞者に何かを考えさせることである。
 役所が自分の娘の代わりとしているようなすずちゃんに自分を救う為に犠牲的精神を発揮させないように突然嘘を言ったのだということは間違いない。ミステリーとしては事実上解決済みで、その点ある人の言う意見は正しいが、しかし、この映画が観客に考えさせようとしたのは
(1)「誰が裁いているのか」(by すずちゃん)=人間が人間を裁けるのか、
(2)「命は峻別されている」(by 福山弁護士&役所被告人)=生れて来る価値のない人間、或いは死んでよい人間はいるのか、この二点である。

映画は結局この二点については結論を出していず、この点からも「良い話にしよう」などという目論見は全くないと考える。

全く頓珍漢な解釈をしている人がいるが、「三番目の殺人」が死刑判決のことであることは明確で、是枝監督は死刑には反対の立場かもしれないものの、それをメッセージにすることなく、キリスト教的フォーマットを使い形而上学的に生死を筆頭とする人の運命について考えさせようとする。役所が「生きる価値のない自分が生かされる」ようでは神はいないのではないか、いたとしても何と神の計らいは理不尽ではないかと考えているように見えるのもその一端である。人に人は裁けるかという命題がある以上、作者は被告の殺人を正当化するわけではない。

合理主義者だった主人公即ち福山弁護士が、関係者とりわけ役所と会ううちに少しずつ人情的に考えるようになり、最終的に心理が役所と極めて近いものになる。それを映画的に表現するのが鏡に映る役所と福山の顔のオーヴァーラップ。些かやり過ぎだが、工夫ではある。

“嘘泣きのうまい福山の娘の挿話が回収されていない”というのも事実とは違う。様子がすずちゃんに似ている彼女の嘘は、すずちゃんも巧みな嘘をついているかもしれないという布石である。が、作者が冒頭に被告の殺人と死体処理を半客観半主観的に描いているので、結局“すずちゃん嘘つき少女説”のミスリードがやや空転するというのが実際と言うべし。

役所は上を見ることが多い。自分の生死を支配していると思っている神への意識である。彼が自ら死刑に追い込むような真似をするのは、一つには、神が殺さないなら自分が殺す(三度目の殺人)という意識なのかもしれない。最後は福山も上空を見上げ、カメラは神の視点であるかのように彼を俯瞰する。映画言語的に、キリスト教的な設定を巧く表現した作品である。

幾つか小さな問題があるが、若者向きの他愛無い作品が多い中、色々と考えさせるこういう映画を作ったことに対して点数は甘くしたくなる。

40年近く前僕は早稲田のACTミニシアターに足繁く通っていた。僕より幾つか年下の是枝監督は年会費を払って毎日のように行っていた会員らしいから、あるいは何度か館内で会っているかもしれない。

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