映画評「怒り」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・李相日
ネタバレあり

映画化を通したものしか知らないが、「悪人」など吉田修一の描くミステリー風小説は事実上の純文学である。少なくともかつてなら完全な純文学である。前述作に続いて李相日が映画化した本作も現代人を観察して手応え満点。

八王子で夫婦が殺される事件が起きる。殺した後暫く家に滞在してから逃亡した犯人は、1年後整形して逃亡を続けているらしいと警察の発表がある。
 これをプロローグに、三つのエピソードが並列描写され、まずその一つ。父親・渡辺謙に風俗店から連れ戻された娘の宮崎あおいは父の同僚として働く青年・松山ケンイチと恋をする。頭が弱く見えるほど純粋な「白痴」ムイシュキン公爵のような彼女は、訳ありで偽名で逃げていた青年に父の代わりに自分を庇護してくれる可能性を見出したのだ。
 次なるは。会社員・妻夫木聡はゲイ青年で、巡り合った正体不明の青年・綾野剛と深い関係になり、ホスピスに入所中の母親のもとに連れていく。綾野は彼女の良き話し相手にもなる。
 さらに。沖縄の離島に母親と越してきた美少女・広瀬すずは、同級生・佐久本宝に連れられた訪れた無人島でいないはずのバックパッカー風青年・森山未來を発見し、親しくなる。彼女は佐久本君と出かけた沖縄本島で偶然再会した森山と過ごすが、その後米兵二人にレイプされる。少年はこれを見つつ何もできない。

この正体不明の三人はいずれも犯人と外見的に似ているところがあり、その為新映像が公開された時、あおいちゃんや妻夫木君はリアクションしてしまう。第3エピソードだけ犯人に対する当事者による反応を全く排除しているからこそ、犯人特定ミステリーの側面はこの段階で終わる、という逆説が成り立つ。

さて、本作の主題は、タイトルに反して【他人を信じるということ】である。その是非を問うわけではない。片や、信じなければいけない人を信じられなかったという悲痛(第1エピソード、第2エピソード)、片や、信じてはいけない人を信じた悲劇(第3エピソード)という構図である。
 前者の怒りはそれをした自分に向けられる。怒りはこの場合すなわち悲痛であるが、悲痛は救われる。後者で実は犯人であった森山君は何かに対し怒っているが、信じてはいけない人を信じたすずちゃんの怒りこそやるせない。
 しかし、吉田修一は善悪を二元論で語らない(米兵についてはそうなっているものの、あれは記号と理解する)。主要メンバーで唯一悪人的である森山君にしても怒らなければならなかった何かがあると示すことで、完全に白黒を付けるのを避け、トータルで人間の生きる苦しみ・悲しさを浮き彫りにしていく。現代文学の主要テーマの一つだろう。

映画としては、重苦しい作品でありながら、意外とすっきり見終えることができる。李相日の殊勲でありましょう。

現代日本映画を代表する若手メンバーを揃えたオールスター・キャストが豪華。オールスターと言うと、中年以上が多くなりがちだが、本作は平均年齢がかなり若い。しかも、重い内容に応えた好演揃い。主要メンバー以外にも、池脇千鶴、三浦貴大、原日出子、ピエール瀧、等々主役クラスを配置して見応えたっぷり。

たまには現代文学も読まんとね。しかし、もう少し待ってくだされ(誰に言っている?)。

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  • 怒り ★★★★

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