映画評「日曜日には鼠を殺せ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1964年アメリカ映画 監督フレッド・ジンネマン
ネタバレあり

フレッド・ジンネマンはアメリカ映画界にあって異色の監督で、大衆的な素材を取り上げながらもアプローチとタッチが頗る厳しく、大衆迎合的な展開にはまずしない。

スペイン内戦が終わって20年後の1960年頃のお話。反フランコの英雄的ゲリラ闘士だったグレゴリー・ペックは、今や国境に近いフランスの町で余生を過ごそうと決心しかけている。国境の向こうには彼を20年も敵と付け狙う署長アンソニー・クインがいて、危篤の母親を利用して警官を配備した病院へ呼ぼうと画策している。
 ここに署長に父親を殺された少年(マリエット・アンゲレッチィ)がいて、署長をやっつけてくれと彼の家を訪れる。ルルドへ行く直前に病院に立ち寄った神父オマー・シャリフは、偶然にもペックの母親の死に立ち会い、警察の待ち伏せする病院に呼び寄せる署長の作戦が気になって事実を伝えようとやはり家を訪れる。不在だったので少年に手紙を預けるが、少年はこれを連絡すると目的を果たせなくなりはしまいかと思い、手紙を捨ててしまう。ところが、ペックを呼びに来たゲリラの仲間レイモン・ベルグランが敵であることに気づいた少年は、それを信じてもらうために今度は神父に会ったことを告白しなければならない。
 神父を見つけ出したペックは少年の話が真実であると知るが、それでも裏切り者を倒しあわよくば署長もやっつける為に故郷に戻り、ベルグランを倒した後、結局病院で命を落とす。署長はペックが事実を知りながら病院へやって来た理由が解らない。

ジンネマンは、善と悪の対立という大衆的構図を避けて一種の好敵手の物語を人間の業という側面から描き出す。だから、神を信じないペックだけでなく、信心深い署長クインもきちんと扱う。結果的に非常にじっくりした展開となり、特に序盤は気の短い今の若い人には我慢できないだろうが、この二人に少年と神父を絡ませて進行するお話は地味ながら心理的になかなかサスペンスフルである。

主人公は、少年や神父と会って故郷への思いと闘士としての誇りを取り戻し、闘士としての人生に「けり」を付けるため、裏切り者を殺すことを第一義に故郷に戻ったのだろう。一種の自殺でもあったわけで、いかにもアンチ・キリスト教の彼らしい決心ということになる。男のプライドの物語でもあろう。

ペック、クイン、シャリフ、いずれも内面をよく感じさせる好演。

映画監督としても優秀なエメリック・プレスバーガーの小説が原作というのが珍しいが、甘さがなく、いかにもジンネマン向けの素材だったという気がする。ムードは既に「ジャッカルの日」(1973年)である。

原題は聖書由来の有名なフレーズ「青ざめた馬を見よ」。邦題は民謡に由来する原作に倣う。ペックは鼠ではなく、鼠を殺した後人間に殺される猫ということになる。

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