映画評「マネーモンスター」
☆☆★(5点/10点満点中)
2016年アメリカ映画 監督ジョディー・フォスター
ネタバレあり
アメリカではTV局ものがジャンルを構成するほど少なからず作られている。僕が最初に思い出すのは「ネットワーク」だが、本作は一昨年観た韓国映画「テロ、ライブ」と同じくTV局に爆弾が仕掛けられるサスペンスである。厳密に言うと、こちらは衆人環視の中で犯人が人間に爆弾を仕掛けるというもの。
財テク番組のMCジョージ・クルーニーが、生放送中に侵入してきた男ジャック・オコンネルに爆弾を巻き付けらてしまい、母親の遺産を全部彼のお墨付きをつけた“アイビス”という会社に投資したものの大暴落を起こして大損を被ったのを半ば逆恨みする彼を説得しようと、会社の広報部の女性カトリーナ・バルフと連絡を取るなどするうちに、“アイビス”のCEOドミニク・ウェストに絡む疑惑が浮かび上がる。
というお話は、投資にコンピューターが絡んで専門家でも予想が難しくなっている現状を背景に、なかなか興味深く綴られている。映画は進行するうちに、結局株価を最終的に動かすのは極めて人為的なものだと言わんばかりの結論を出していて、アメリカ社会のカリカチュアだけでなく、お金に振り回される人間一般への風刺的な側面も出して来る。
観ながら彼のようにウォール街や金持ちに不信を持つ下層階級が中心となってトランプ大統領を支持しているのだろうなあと思ったが、トランプの政策は富豪をより金持ちにするだけなのではないか。
閑話休題。
サスペンス映画としては「テロ、ライブ」と同じく犯人が簡単にTV局に潜入できてしまうなど疑問も少なくない。クルーニーとオコンネルが共闘的な関係になりウェストに会って真相を聞き出そうと外に出て行く急展開の部分にしても、疑問というか強引さを感じさせるが、野次馬の反応を交えて一応面白く見せている。
場面の構成として、株価アルゴリズムを作った韓国人やCEOがこっそり出かけた南アの様子を事前にかつ唐突に見せるのが、伏線を見せんが為という狙いが露骨に見える下手なやり方で、かなり気になった。こういうのはもっと全体を長尺にして自然な形で扱わないと白けることが多い。
配役陣では、番組ディレクターとしてジュリア・ロバーツが出ているが、やや役が足りない(役不足)。
全体的に、出演しないで演出に専念したジョディー・フォスターはそつなく見せているが、サスペンスにおけるパンチ力は不足。
細かなところで、幕切れの二人の「来週はどうしようか」という台詞は両義的で、【W座からの招待状】の案内人・小山薫堂氏が指摘するような、TV局人間の実務的なドライさとは限らないのではないだろうか? 僕には、彼らの表情を観ていると、どこか世事の虚しさを感じているようにも思われる。
暫く不労所得でやりくりしている僕は、アナログ手法であるため、苦戦中。だから「それでも、アルゴリズムは怖いよ」というのが実際じゃね。
2016年アメリカ映画 監督ジョディー・フォスター
ネタバレあり
アメリカではTV局ものがジャンルを構成するほど少なからず作られている。僕が最初に思い出すのは「ネットワーク」だが、本作は一昨年観た韓国映画「テロ、ライブ」と同じくTV局に爆弾が仕掛けられるサスペンスである。厳密に言うと、こちらは衆人環視の中で犯人が人間に爆弾を仕掛けるというもの。
財テク番組のMCジョージ・クルーニーが、生放送中に侵入してきた男ジャック・オコンネルに爆弾を巻き付けらてしまい、母親の遺産を全部彼のお墨付きをつけた“アイビス”という会社に投資したものの大暴落を起こして大損を被ったのを半ば逆恨みする彼を説得しようと、会社の広報部の女性カトリーナ・バルフと連絡を取るなどするうちに、“アイビス”のCEOドミニク・ウェストに絡む疑惑が浮かび上がる。
というお話は、投資にコンピューターが絡んで専門家でも予想が難しくなっている現状を背景に、なかなか興味深く綴られている。映画は進行するうちに、結局株価を最終的に動かすのは極めて人為的なものだと言わんばかりの結論を出していて、アメリカ社会のカリカチュアだけでなく、お金に振り回される人間一般への風刺的な側面も出して来る。
観ながら彼のようにウォール街や金持ちに不信を持つ下層階級が中心となってトランプ大統領を支持しているのだろうなあと思ったが、トランプの政策は富豪をより金持ちにするだけなのではないか。
閑話休題。
サスペンス映画としては「テロ、ライブ」と同じく犯人が簡単にTV局に潜入できてしまうなど疑問も少なくない。クルーニーとオコンネルが共闘的な関係になりウェストに会って真相を聞き出そうと外に出て行く急展開の部分にしても、疑問というか強引さを感じさせるが、野次馬の反応を交えて一応面白く見せている。
場面の構成として、株価アルゴリズムを作った韓国人やCEOがこっそり出かけた南アの様子を事前にかつ唐突に見せるのが、伏線を見せんが為という狙いが露骨に見える下手なやり方で、かなり気になった。こういうのはもっと全体を長尺にして自然な形で扱わないと白けることが多い。
配役陣では、番組ディレクターとしてジュリア・ロバーツが出ているが、やや役が足りない(役不足)。
全体的に、出演しないで演出に専念したジョディー・フォスターはそつなく見せているが、サスペンスにおけるパンチ力は不足。
細かなところで、幕切れの二人の「来週はどうしようか」という台詞は両義的で、【W座からの招待状】の案内人・小山薫堂氏が指摘するような、TV局人間の実務的なドライさとは限らないのではないだろうか? 僕には、彼らの表情を観ていると、どこか世事の虚しさを感じているようにも思われる。
暫く不労所得でやりくりしている僕は、アナログ手法であるため、苦戦中。だから「それでも、アルゴリズムは怖いよ」というのが実際じゃね。
この記事へのコメント
>二時間ドラマ
3分の2以上がTV局内ですし、出演のギャラを除くとロー・バジェットそうな作品なので、そういう雰囲気が漂います。
>フェミ的
説得のために恋人を呼んできたものの、ああいう風に罵倒されたのでは逆効果、という可笑し味を狙ったのでしょうし、あれがこの映画の登場人物のうちただ一人正直な人物と好感を持たれる人もいますが、あれが作者の主張と重なって見えると、厭らしいですね。