映画評「ピアノ・レッスン」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1993年ニュージーランド=オーストラリア合作映画 監督ジェーン・カンピオン
ネタバレあり

1993年のカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞したジェーン・カンピオン監督の秀作。1975年の「タクシー・ドライバー」くらいからカンヌ映画祭と僕の相性は悪いのだが、この作品の受賞は納得だった。二十数年ぶりの再鑑賞。

19世紀半ば。訳ありで口がきけなくなったエイダ(ホリー・ハンター)がスコットランドからニュージーランドへ、娘フローラ(アナ・パキン)を連れて、開拓民スチュワート(サム・ニール)と結婚するためにやって来る。しかし、彼女が言葉の代わりとしてきたピアノは、森を越すのが難儀なので、暫し海辺に放置されることになる。
 運搬を指揮した白人べインズ(ハーヴィー・カイテル)がピアノに興味を持ち、自らの土地と交換、エイダを教師として招く。恐らく最初からエイダが目的だったべインズは、黒鍵との交換で希望を実行することを約束させる。最終的にピアノは彼女の物になるという次第。この取引が影響を与え、彼女は原住民マオリ族に溶け込んでいるこの男に傾倒していく。

お話は次第に男二人に挟まれた三角関係になっていくのだが、心理ドラマであって、狭義の恋愛映画とは思わない。一番近いのは、恋愛心理ドラマという定義だろうか。

物語の核は、原題にもなっているように「ピアノ」で、彼女の言葉であったピアノは様々に彼女の運命を左右する。言わばピアノが主役のようなもので、彼女がスチュワートに馴染まないのは恐らくピアノを移動させなかったから、逆にべインズになびいたのはピアノ=彼女に興味を持ってくれたから、だろう。
 彼女がピアノの鍵(けん)をべインズへの手紙の代わりに使うと、ピアノはスチュワートを使って彼女に復讐する(かの如し)。最後も見捨てられたピアノが彼女を巻き添えにするように海に引き込む(が、生への希望が芽生えていた彼女は生を選択する)。

彼女の人生はピアノを通して自縄自縛になっていたのだが、べインズがそれを解き放つ。大事なピアノの鍵を手紙代わりにすること自体、ピアノへの愛着より彼への愛情が優っている証左であり、この時点で彼女はピアノの縛りを解いたことになる。だから、ピアノを捨てる決心も出来たのである。彼女の心理の変遷は、ざっと述べれば、こんな感じだろう。

開発途上のニュージーランドの野趣を交えた描写とそれを映した撮影が優秀で、寒色系と暖色系を使い分けた色彩設計もなかなか結構。
 音楽はマイケル・ナイマンにしてはメロディアスだが、それでも前衛クラシックのような感覚が随所に現れて大いによろしい。実際にピアノを弾いているホリー・ハンターが抜群の好演、彼らの間を文字通り天使のように駆けずり回るアナ・パキンも出色の出来。

邦題も皮肉っぽくてなかなか良い。「ピアノ・レッスンなど殆ど出て来ないじゃないか」と真面目に文句を言う人がいるが、ちと野暮な意見だろう。逆説的な或いは皮肉なタイトルは世に腐るほどある。

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この記事へのコメント

zebra
2018年09月22日 13:15
オカピーさんこんにちはッス。

ホリーハンター演じた女性エイダ 言葉の代りにピアノで自らを表現していた。だからピアノはもってゆけないといった夫からは 自分を否定されてしまった、という気持ちになったのか。 

そしてベインズは エイダに惚れてはいたがピアノを返すことを約束してくれてた。

≫恋愛心理ドラマという定義
オカピーさん このベインズという男は ゲスな野生児でアレが目的なくせに 皮肉なことにエイダのピアノが表現していることを見抜いていたこと、そしてピアノも大事にしていたことを考えると 相手の気持ちを理解する素質はあったことがうかがえます。
 まかり間違えば 「女ゲット目的」のジゴロ(死語)の手口じゃん!って思っちゃった。
それなら あのブサメン(←失礼)なベインズに 肉体関係と精神関係 ともに 禁断症状になるのも なるべくしてなったというのもわかる気がした。
ベインズが計算ずくな男だったら エイダと一時的に関係は持てても エイダに知れてしまい 破綻してたでしょう。

>逆説的な或いは皮肉なタイトルは世に腐るほどある。
だからこそベインズは 計算ずくジゴロじゃないだけ 恐るべし!なんです。
ピアノの 自縄自縛と書かれてましたが ベインズに解放されました。
でも同時にベインズとの互いの愛の精神の結びつきに離れることができなくなった。それも  解放と拘束は表裏一体。皮肉がこめられています。

夫のスチュアートから ”やくざ”の落とし前的な 指〇めにあわされても ベインズとの愛は変わらず離れられないことが裏付けられてます。

ベインズの相手(エイダ)を禁断症状にさせる"能力"・・・・文句なくAランクです。
オカピー
2018年09月22日 22:12
zebraさん、こんにちは。

>解放と拘束は表裏一体
正に仰る通り。

>スチュワート
前時代の正しさは、様々な差別がなくなりつつある現代において多くは非道。この男が今生きていたら刑務所行きですね。野卑なべインズの方がその意味ではぐっとヒューマン。彼はきっと「チャタレイ夫人の恋人」の従弟です(笑)。

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