映画評「母と暮せば」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

井上ひさしの戯曲「父と暮せば」の男女を逆転させたお話。生前井上氏はこうした設定の戯曲を考えていたらしいが、実現する前に亡くなり、彼に代わってここ十年ほど戦争絡みの作品が多い山田洋次監督が実現した形である。

長崎に原爆が投下されて丁度3年後、原爆で消えてなくなってしまった医学生の息子・二宮和也の墓参りを、嫁になるはずだった黒木華と済ませた助産婦・吉永小百合は、その直後に彼の霊と遭遇する。
 彼女がその死を認めると決心したからだが、映画全編を見れば、彼女が彼を呼んでいることが解ってくる。息子は決して許婚者の前には現われない。彼が現れる人物を選んでいる形だが、実際には幽霊映画の基本通り母親の眼のみが彼を見出すのである。

母親は、息子に貞操を誓い、いつまでも娘のように面倒を見てくれる華ちゃんに済まないと思い、「良い人がいたら結婚しなさい」と勧める。最初はこれを嫌がっていた息子もやがて納得し、華ちゃん自身もこれを受け入れ、小学校の同僚の先生・浅野忠信と結婚することを決める。生活に疲れてきた母親は娘同然の許婚者が生きて幸福を味わうことに嫉妬するが、息子に咎められて眠りにつく。二度と目覚めることのない眠りである。

生きた人間が幽霊と会話する以上、山田洋次の初めてのファンタジーという説明は間違いではないが、幽霊をもう一人の彼女(彼女の声)と考えれば、中年女性の葛藤する心情を綴る心理ドラマということになる。実際、華ちゃんの幸福に関する考えが後半母子の間で逆転するのを見れば、二人の会話が揺れ動く彼女の心理にほかならないことが解る。彼女が逝くのは、息子の死を受け入れ、娘のように可愛がった華ちゃんを片付けた安心感からなのかもしれない。
 しかし、彼女がかかる人生を送らなければならなかったのは偏に原爆が原因であり、かくして反戦への思いが浮かび上がるのである。

山田洋次の演出はやはり見事なものだが、(見かけ上)ファンタジーに過ぎた為に世評は伸び切らなかった模様。特に幕切れに“引く”人が多かったのではないか。他方、原爆を溶けるインク壷のみで表現した辺りは却って鮮烈な印象を与え、考えたものだなあと感心させられる。
 個人的には、闇の物資を届けてくれる“上海のおじさん”加藤健一が話していた主婦に引っ張り込まれて画面右側に姿を消した瞬間に、華ちゃんが婚約者を連れて坂を上がって来るのが見える、という見せ方に感嘆した。こんな映画的な見せ方は数年に一度しか遭遇できない。「山田洋次は技術の監督である」と常々言っているのはそういうことである。

黒木華、声が魅力的。今回それが良く分かった。

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