映画評「クロノス」

☆☆★(5点/10点満点中)
1992年メキシコ映画 監督ギレルモ・デル・トロ
ネタバレあり

ギレルモ・デル・トロの長編デビュー作ということなので観てみた。

16世紀、錬金術師の時計職人が不死を願って機械仕掛けのフンコロガシ即ちタイトルとなっているクロノスを作る。
 400年後に孫娘タマラ・サナスちゃんと暮らす骨董屋フェデリコ・ルッピが木製の彫像の中からクロノスを発見、いじっているうちに挟まれる。やがて彼は見た目が少し若くなると同時に血が欲しくなる。タマラちゃんは不死の吸血鬼になった祖父を心配する。
 片や、不死を求める重病の老人クラウディオ・ブルックが求めるクロノスが発見されたことを知り、甥のロン・パールマンを遣わし、結局二人の老人の間でクロノスの争奪戦が繰り広げられる。

吸血鬼映画から派生した形のゾンビ映画は相変わらず大量に作られているが、それに引っ張られる形で吸血鬼ものも増産されている。そんな環境下で、僕は余程の条件が揃わない限りゾンビ映画は観ないと決め、吸血鬼映画もそこまで厳しくはないものの準ずる扱いをしている。

デル・トロは宮崎駿のファンであると言う。少女と異形なものへの愛情めいたものに共通点がある。共通の志向があったから宮崎駿が好きになったのか、宮崎駿が好きだから少女と異形なものを好んで扱うようになったのか知らない。逆に本作の機械仕掛けのフンコロガシなどは宮崎御大も好みそうで、小さな機械の内部が画面いっぱいに広がるアニメ的なヴィジュアルを着想する人はデル・トロ以外に余りいないだろう。アニメ的な発想で、興味深い部分だ。

少女は、お話の展開上さほど大きく絡んで来ないが、老人の立場を相対化する目的において非常に大きな意味を持っているようで出番が多い。彼女がいたせいで恐らく骨董屋は自己を保持することが出来、最後にクロノスを壊してしまうのだろう。

説明が少なく色々と解らない点もある一方で展開がじっくりなので、眠りを誘発するような印象もあるものの、米国製の吸血鬼ものより遊び心があるのは良い。「篤志家はどうぞ」といったところ。

クロノスは時間の神。現在読んでいるショーペンハウアーの哲学書「意志と表象としての世界」の中に出て来たところ。このタイミングとは、正に「奇しくも」だなあ。

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