映画評「アイアンマン3」
☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年アメリカ映画 監督シェーン・ブラック
ネタバレあり
マーヴェル・コミック発の人気シリーズ第3作。世評の高い第一作も少し落ちる第二作も僕は同じ採点にしたが、少なくはないがさほど大量の星を進呈できなかったのは新味不足が主因だった。もはやVFX以前には戻れないので益々この手の作品が増えていくのが予想される中こんなことを言っても無駄と思いつつ、アメ・コミの映画版はSFX時代のように2~3年に一度くらい(1シリーズではなく全てである)見られた方が有難味があって興奮度も高くなる。SF全般についても1年に2~3本くらいで十分だ。
閑話休題。
この第3作は前二作とは少し趣が異なり、アイアンマンになるトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)が「アベンジャーズ」での活躍の後落ち込んでパニック障害を発症する。
スーパーヒーローが悩みに陥る“アメリカ病”に感染して「アイアンマン、お前もか」てなもんだが、そこについては下で改めて批判してみたい。
その頃アメリカではイスラム系と思われるマンダリン(中国関連の単語なれど作者はイスラム系に見せようとしている)なる人物の指令による爆破テロが次々と発生、やがて彼が昔ワン・ナイトの関係を結んだ植物学者マヤ(レベッカ・ホール)の細胞蘇生技術を悪用して世界征服(?)の野望を果たそうと科学者キリアン(ガイ・ピアース)が作った組織が関係していることが判って来る。
指摘している人が多いように、今回のスタークはアイアンマンになるところが少ない上になっても色々失敗続き。3作目にして変化を付けた形ながら、そのベースはスーパーヒーローがかかる僕の言う“アメリカ病”にある。ユーモアに包んで見せ方が上手いのでさほど気にならないとは言え、こういう変化は気勢が上がらず余り有難くない。
大昔から言っているが、一般人でない人間ないし生命体を普通の人間に近づけて何が面白い? ドラマ映画ではあるまいに、英雄を我々のレベルに引き下げて共感を誘おうという作り方は、一見高級そうに見えながらも、ジャンル映画にあっては実はおためごかしに過ぎず、下の部類である(但し、作り方によっては面白くなる場合もある)。観客をそういう高級論に誘導する映画評論家がちらほらいらっしゃる。我が持論である「映画は人間を描くものだ」という意味は、例えば「スパイもヒーローも我々と同じ人間だ」などということではない。
一方、パーツが人に磁石のように吸い寄せられてスーツが構成されるアイデアは、かなりご都合主義的に使われている部分もありながらもなかなか面白い。場面的に一番楽しかったのは大統領の乗る飛行機が爆破され、それで開いた穴から落ちた政府関係者十数名をアイアンマンが救う箇所。アイアンマンの磁力と人々が手を繋ぐことで難を逃れるのだ。空中アクションは多けれど、こういうのは初めて観る気がする。今のコンピューター技術があって初めてできる場面で、たまにはVFXも褒めておこう。
スタークがキリアンの手により高熱を発し傷んだ肉体を再生する能力を備えてしまった恋人ペッパー(グウィネス・パルトロウ)を交えながら敵と戦う終幕は作者の狙いほど新味が感じられず、やや拍子抜け。
シリーズを通して高い評価をしてきたとは言えないものの、このシリーズのあり方自体には好感を覚え、付けた星の数以上に楽しんでいた。惜しむらくは、スーパーヒーローものが作られ過ぎて相対的に価値が下がっているのだ。
供給過剰でアメコミは値崩れしました(僕の中でね)。しかし、ウクライナ情勢で鉄は高くなっているようですよ。
2013年アメリカ映画 監督シェーン・ブラック
ネタバレあり
マーヴェル・コミック発の人気シリーズ第3作。世評の高い第一作も少し落ちる第二作も僕は同じ採点にしたが、少なくはないがさほど大量の星を進呈できなかったのは新味不足が主因だった。もはやVFX以前には戻れないので益々この手の作品が増えていくのが予想される中こんなことを言っても無駄と思いつつ、アメ・コミの映画版はSFX時代のように2~3年に一度くらい(1シリーズではなく全てである)見られた方が有難味があって興奮度も高くなる。SF全般についても1年に2~3本くらいで十分だ。
閑話休題。
この第3作は前二作とは少し趣が異なり、アイアンマンになるトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)が「アベンジャーズ」での活躍の後落ち込んでパニック障害を発症する。
スーパーヒーローが悩みに陥る“アメリカ病”に感染して「アイアンマン、お前もか」てなもんだが、そこについては下で改めて批判してみたい。
その頃アメリカではイスラム系と思われるマンダリン(中国関連の単語なれど作者はイスラム系に見せようとしている)なる人物の指令による爆破テロが次々と発生、やがて彼が昔ワン・ナイトの関係を結んだ植物学者マヤ(レベッカ・ホール)の細胞蘇生技術を悪用して世界征服(?)の野望を果たそうと科学者キリアン(ガイ・ピアース)が作った組織が関係していることが判って来る。
指摘している人が多いように、今回のスタークはアイアンマンになるところが少ない上になっても色々失敗続き。3作目にして変化を付けた形ながら、そのベースはスーパーヒーローがかかる僕の言う“アメリカ病”にある。ユーモアに包んで見せ方が上手いのでさほど気にならないとは言え、こういう変化は気勢が上がらず余り有難くない。
大昔から言っているが、一般人でない人間ないし生命体を普通の人間に近づけて何が面白い? ドラマ映画ではあるまいに、英雄を我々のレベルに引き下げて共感を誘おうという作り方は、一見高級そうに見えながらも、ジャンル映画にあっては実はおためごかしに過ぎず、下の部類である(但し、作り方によっては面白くなる場合もある)。観客をそういう高級論に誘導する映画評論家がちらほらいらっしゃる。我が持論である「映画は人間を描くものだ」という意味は、例えば「スパイもヒーローも我々と同じ人間だ」などということではない。
一方、パーツが人に磁石のように吸い寄せられてスーツが構成されるアイデアは、かなりご都合主義的に使われている部分もありながらもなかなか面白い。場面的に一番楽しかったのは大統領の乗る飛行機が爆破され、それで開いた穴から落ちた政府関係者十数名をアイアンマンが救う箇所。アイアンマンの磁力と人々が手を繋ぐことで難を逃れるのだ。空中アクションは多けれど、こういうのは初めて観る気がする。今のコンピューター技術があって初めてできる場面で、たまにはVFXも褒めておこう。
スタークがキリアンの手により高熱を発し傷んだ肉体を再生する能力を備えてしまった恋人ペッパー(グウィネス・パルトロウ)を交えながら敵と戦う終幕は作者の狙いほど新味が感じられず、やや拍子抜け。
シリーズを通して高い評価をしてきたとは言えないものの、このシリーズのあり方自体には好感を覚え、付けた星の数以上に楽しんでいた。惜しむらくは、スーパーヒーローものが作られ過ぎて相対的に価値が下がっているのだ。
供給過剰でアメコミは値崩れしました(僕の中でね)。しかし、ウクライナ情勢で鉄は高くなっているようですよ。
この記事へのコメント
まさに、架空の英雄たちが悩むのはどうかと思いますな~
そうなんです、スーパーヒーローは能天気で良いんです。
ただ、惜しむらくは「バットマン」に余りにも構図が似ていて、それでかなりマイナスせざるを得なかったのが第一作でしたなあ。