映画評「どら平太」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2000年日本映画 監督・市川崑
ネタバレあり

新作に観るに値する作品がなく二日続けて再鑑賞でお茶を濁す。
 しかし、格別のお気に入りを別にすると、僕の再鑑賞の基準は「20年以上経ってから」であるから、14年前に公開された本作では少々時期尚早。ついこの間観た感さえある。ブルーレイには腐るほどもっと古い映画を保存してあるのだが、万障繰り合わせすることができず、NHKで放映されたばかりの本作を観ることにした。

1970年ごろ山本周五郎の時代小説「町奉行日記」を黒澤明、市川崑、木下恵介、小林正樹(所謂「四騎の会」)が脚色してお蔵入りになっていたものを30年ぶりに御大の一人・市川監督が映画化したものである。

ある小藩、町奉行に着任したばかりの望月小平太(役所広司)は、親友の仙波(宇崎竜童)を通じて放縦な人物であるかのような噂を藩の重臣たちに流す。実際彼は藩が禁じている“堀外”という悪の巣窟に入り浸っている。
 彼の真の目的は“堀外”の浄化であり、そこに住む人々の手なづけておいた上で、抜群のコンビネーションで巣窟を仕切っている三人のボスをとっちめる腹積もりである。三人のうち二人(石橋蓮司、石倉三郎)は手もなくひねられるが、最後の大物(菅原文太)は簡単に彼の手に乗って来ない。最後の親分に呼び寄せられて数十人の配下に囲まれても彼は剣術の達人だから、峰打ちであっという間に倒してしまう。これで親分側の始末は付いた。残るは彼らとつるんで金銭を戴いていた重臣たちを退任させるのみ。

というお話は、「遠山の金さん」のヴァリエーションで、古い脚本だから新味で勝負はできないが、それでもこの後作られたTVシリーズ「遠山の金さん」などでこの主人公の取るような破天荒な行動は観たことはなく、今回も楽しめた。

痛快と思えない人もいらっしゃるようだが、十二分に痛快である。そうした方の心理的背景は仙波と重臣たちの処分の差にあるにちがいない。しかし、仙波が自決するのは友を裏切ったことへの責任であり、重臣たちを辞職に追い込むだけで主人公が手を打つのは彼らが私腹を肥やしていたからではないからではあるまいか。そこに大きな矛盾はない。いかに現代政治への風刺を盛り込んだ作品と想像されるにしても、当時の仁義感覚として無罪放免に問題はないと思われる。

後は小平太に付きまとう娼妓こせい(浅野ゆう子)をどう考えるかによって評価が大きく分れる。恐らく初期にコメディーの多かった市川崑と木下恵介辺りが楽しんで書いたと想像される男女二人のコミカルなやり取りは、画策に長け、格闘も武術も達人で、度胸もあるこの主人公が、女子(おなご)一人の処置に困っているのを見せて観客をニヤニヤさせるコメディ・リリーフ的仕掛け。しかし、その意図を理解しない人が多いのは、どこかに設計ミスでもあろうか?
 城主の上意が主人公の偽作であったと判明するどんでん返しの後、彼自身がもう一人の友人(片岡鶴太郎)にこせいを巡ってどんでん返しを食わされる可笑し味もこのニヤニヤに加えて良いだろう。

指摘する人の多い画面の暗さについては、TVで観る限りさほど気にならない。

市川崑の、乾いて活気のあるタッチはやはり好きだなあ。

昔は山本周五郎、今は藤沢周平。時代劇ファンは「周」がお好き。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2014年07月13日 06:31
ねこのひげも時代小説の愛読者でもあります。
本屋の本棚にもズラリと並んでおりますし、SF小説家でも時代小説に転向する人が多いです。
現代にない人情やゆるさ、清さ明るさが好まれるところでありましょう。
理想を見出そうとしているところがSFと通じるのかも・・・
いまのSFは暗いですからね。
オカピー
2014年07月13日 19:31
ねこのひげさん、こんにちは。

SF小説は、中学の時に小難しいのを読んでしまって遠ざかってしまいましたが、とりあえず読み残した有名なところをぼつぼつ読もうかなと思っています。
時代小説は「眠狂四郎」くらいしか読んでいないなあ。戦国武将などを取り上げた著名な歴史小説を読んでから、といったところでしょうか。

SFも架空の時代小説も想像力(創造性も含む)を駆使できるという共通点があるかもしれませんね。

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