映画評「恐怖と欲望」

☆☆★(5点/10点満点中)
1953年アメリカ映画 監督スタンリー・キューブリック
ネタバレあり

スタンリー・キューブリックが従来デビュー作と言われてきた「非情の罠」の前に作った、幻の長編映画デビュー作(と言っても61分の実質的には中編)で、監督自ら封印した作品らしい。日本では2013年5月に初めて紹介された。

欧州と思われるどこかで、敵軍の中に孤立した某国の中尉(ケネス・ハープ)以下の兵士四名が、筏を作って川を下って前線の向こうにある自軍に戻ろうと戦術を立て実行に移す。
 敵軍に通報されてはいかんと通りがかった少女(ヴァージニア・リース)を捕縛し、小心そうな兵士シドニー(ポール・マザースキー)を残して再び偵察に向かう。が、シドニーは恐怖で頭がおかしくなり、自由にした少女が逃げようとした為射殺してしまう。
 出征したからにはと意気込むマック(フランク・シルヴェラ)は敵将軍(ハープ二役)を仕留めよう中尉を説得、二手に分かれて暗殺に向かう。

将軍暗殺の一幕での川を往くマックと陸から暗殺に向かう中尉たちのカットバックにキューブリックらしさを感じるが、マックの行動の意味が正確に掴めない。説明もなかったと思う。
 死んだ少女の主観ショットめいたものは当時の映画としては異色で、目を引く。二つの死(少女と将軍)の断裁的な扱いも注目に値する。ショットの感覚は、栴檀は双葉より芳し、既に一流である。

本作のテーマはナレーターが語るように【恐怖と不信と死】だが、このナレーションが実に興味深い。
 即ち、どこかの国の実際の戦争や事実を扱ったものではないと言い、一方で恐怖と不信と死は普遍である、と言う。当たり前と言えば当たり前ながら、スパイ・サスペンスなど一部のジャンル映画を除いて多くの映画(や演劇や小説)は事件の特殊性から人生や人間の普遍性を導くものと僕は考えているので、この紹介箇所の文言に作者(脚本ハワード・サックラー)の映画観を感じて膝を打ったのだ。キューブリックもこの考えに賛成して作ったと思うが、どうなのだろうか。

しかし、そんな興味は僕みたいな左脳映画人間に通用するだけで、商業映画としての価値にはならない。今公開すればキューブリックの名前で映画マニアの関心を引くことはできるが、商業映画として何を見せたいのか判然としない為、一般映画ファンにはとてもお薦めできないのである。

ニューシネマ時代に特に良い仕事をした名監督ポール・マザースキーが出ているのに要注目。

何故「恐怖と不信」ではなかったのか?

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この記事へのコメント

2014年01月15日 23:10
 こんばんは!

だいぶんと前に記事にしまして、実は去年には劇場で特別公開されていたので観に行ってきました。

のちの完成度の高さ、というか細かさが売りのキューブリック作品としてはかなり粗さが目立ちますが、予算の少なさや舌足らずな表現がまた妙に味があるようにも思えます。贔屓の監督なのでどうして「ここらへんはあの映画に活かされているのかな?」などとうがった見方をしてしまいます。

DVD化も一段落がついてしまい、出てくるのは巨匠の幻の作品や封印されていた作品ばかりになり、旧作リリースはマニアックなヤツばかりになってきましたね。

まあ、ぼくは嬉しいのですが、そんなに需要がなさそうな映画もリリースされているので恩恵にあずかろうと思います(笑)

ではまた!
オカピー
2014年01月16日 19:50
用心棒さん、こんばんは。

「非常の罠」をデビュー作と思っていただけに、正直、驚きました。
自主映画らしい部分と商業性を考えた部分とが入り混じっているような印象が僕にはあり、狙いが掴めなかったのですが、映画について考えさせるものはありました。
あのナレーションは、ある意味、非常に挑戦的とも思いましたね。

>リリース
良い時代になったと言うべきか、金がかかる時代になったと言うべきか(笑)
ねこのひげ
2014年01月19日 07:56
作ってみたけど、ひどかったので封印したという作品でありますな。
名前が売れたので、作者が死んだあと暴かれる作品が増えた気がしますね。
巨匠たちが空の上で赤面していることでしょう。
オカピー
2014年01月19日 17:34
ねこのひげさん、こんにちは。

>ひどかった
そういうことらしいですね。
完璧主義者のキューブリックが確かに納得しそうもない内容でしたが、遥かにお話にならない作品を腐るほど観ました(笑)
2014年02月20日 18:57
マックさんは、このへんで何か達成しないと生きてきた意味がない、みたいなことを考えていたような?(私の頭の中で意訳されているかも)
テレビドラマの「コンバット」あたりでも、このくらいのドラマはできていたような気がします。
巨匠のデビュー作としての興味、が価値なのでしょうね。
オカピー
2014年02月20日 21:24
ボーさん、こんにちは。

マックが意気込むところは何とか理解できるものの、何故別行動だったかよく解らないというのかな。
単なる戦略なのでしょうが、こういうお話だからその辺りの説明がないと妙にシュールに感じますね。
それ以外は、仰るように「コンバット」の一挿話と大して変わらない感じです。

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