映画評「三つ数えろ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1946年アメリカ映画 監督ハワード・ホークス
ネタバレあり

レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウもの「大いなる眠り」の最初の映画化で、監督はハワード・ホークス。40年くらい前十代の時に一度、画面に記憶があるので多分十数年前にもう一度観ているはず。

マーロウ(ハンフリー・ボガート)が退役将軍スターンウッドに呼ばれ、妹娘カルメン(マーサ・ヴィッカーズ)宛に書店主ガイガーから幾つもの請求書が送付されている件で調査をすることになる。彼の前任者リーガンも行方不明である。
 ガイガーの動向を探るうち、とある離れで彼が射殺され、その傍にカルメンが正体なく坐っている現場に遭遇するが、直後に将軍家の運転手の死体が海に落ちた車ごと発見され、その後現場に戻ってみるとガイガーの死体もなくなっている。
 以前妹娘を脅迫していたブロディなる男を追ううちに今度は姉娘ヴィヴィアン(ローレン・バコール)が疑惑人物として浮上、死んだ運転手がその夫人と駆け落ちしたとされるカジノ経営者マース(ジョン・リッジリー)に借金をしていることを突き止める。ブロディは射殺され、彼を殺したチンピラのハリー・ジョーンズ(イライシャ・クック・ジュニア)もマースの部下に殺される。

ややこしいのが多いハードボイルド・ミステリーの中でも本作は最たるもので、僕のような凡人にとって原作と違ってすぐに前の部分に戻ることができない(家で見る場合はやろうと思えば出来るが)映画では難儀するところがなくもない。ましてホークスの展開ぶりが速いので同様に感じられる方が多いと思われる。
 最終的に大体解ったつもりであるが、僕の理解力というピントが完全に合ったとは言えないので、とりあえずボガートと書店(ガイガーの店ではない方)の店員(ドロシー・マローン)まで魅力的な女優陣との絡み具合を楽しんだと言ってお茶を濁しておきましょう。

このようにホークスがマーロウと女性陣の絡みを見せることに耽溺している気配があるので、純粋にハードボイルド・ミステリーの映画化作品としてはジョン・ヒューストンの「マルタの鷹」(1941年)のほうを買うが、多彩な登場人物の交錯が生むサスペンスではこちらのほうが手応えがある。

因みに、マーロウものの映画化ではロバート・ミッチャムのマーロウぶりとムード醸成が抜群だった「さらば愛しき女よ」(1975年)が一番のご贔屓。彼を再起用した(にもかかわらず)1978年の再映画化「大いなる眠り」はつまらない。女優陣のムードが希薄で本作とは比較にならない凡作だった。

原作名と違うので初鑑賞時は見始めてからそれと解ったのだった。

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この記事へのコメント

2013年10月23日 18:01
そう、あのドロシー・マローンが出てくるシーンがいいんですよね。眼鏡外したら美人だとわかって、ボギーが「ハッロウ!」という所をよく覚えています。依頼人の妹がちょっとあぶないかんじなんですが、この映画のホークスの演出は、どぎつくならずに、でもうまく、危うい女の子を見せていましたね。
ミッチャムが出た再映画化版では、舞台をロンドンに移していたんじゃなかったかな。あれも失敗の原因だったと記憶しています。
オカピー
2013年10月23日 21:20
nesskoさん、こんにちは。

>ドロシー・マローン
主演女優になった後年とは少し印象が違いましたね。

>眼鏡を外したら
ヒッチコック「汚名」の影響かもしれませんね。多分あちらの作品の方が多少先に作られていると思いますから。

>妹
面白かったですね、キャラクターが。
最初は脚丸出しで出てきますし。

>ミッチャム版
そうです、ロンドンが舞台でがっくり。
オカピー
2013年10月25日 21:26
nesskoさん

>眼鏡を外したら
ああ、勘違い!(苦笑)
眼鏡は「白い恐怖」ですよね。ダメだ、こりゃ。
ねこのひげ
2013年10月28日 01:30
このころの日本のタイトルのつけ方はいいのが多かったですね。
映画が好きなのがわかりますね~(*^。^*)
オカピー
2013年10月28日 20:02
ねこのひげさん、こんにちは。

当時は原題に拘らず、内容に即してお客の入りそうな邦題が懸命に考えられたんでしょうね。
淀川さんは配給会社にいらしたこともあるので、邦題にはうるさかったです。
水野晴郎氏の考えた「ビートルズがやって来る、ヤァ!ヤァ!ヤァ!」「007/危機一発(ロシアより愛をこめて)」も秀逸ですね。リバイバルの時は改題されましたが。
2013年11月10日 19:56
こんばんは!

ぼくはこれややこしすぎて、ブログで書けませんでしたよ(笑)

 展開が目まぐるしく、「ええっと、この人誰だっけ?」が多く、登場人物を整理するのも大変ですし、公開当時はビデオもない時代でしょうし、観客は理解するのが難しかったでしょうね。

 ここらへんが映画と小説というジャンルの融合の難しさかもしれませんね。両方とも違った娯楽として楽しめばいいと思うのですが、今だったら訳知り顔で「原作と違うねえ。」とか的外れな意見を言ってしまうのでしょうね。

ではまた!
オカピー
2013年11月10日 22:30
用心棒さん、こんばんは。

本当に把握するのが大変な映画で、僕のような凡人には一回で理解しろというのは無理ですね。
ビデオは勿論ないですし、あったとしても映画館では無理ですからねえ、原作を読んでいる方若しくはマニアックな客以外には人物関係の理解が大変だったと思います。
この映画に比べれば「ブラック・ダリア」の人物関係など大して複雑ではないですよねえ^^

>原作と違う
原作と違うこと自体をもって低評価するのは既に映画評ではないですね。
例えば、主題を維持したまま時代や人物を変えた時は、その変更が主題にどう影響しているかを慎重に考えなければならないでしょう。
ヒッチコックがよくやるようにお話の一部だけ戴いて主題そのものを変えた場合は、映画として割り切って観るしかないので、それで文句を言うくらいなら、最初から観ない方が良いと思いますね。
映画サイトでよく見かける「原作をリスペクトしていない」「原作をリスペクトしろ」といった原作寄りのコメントくらい映画ファンとして腹立たしいものはありません。映画は文学に従属するものと言っているようなものですから。

ではでは。
2013年11月10日 23:12
 こんばんは!

 映画の良さは原作が持っている世界観をまずは映像で表現して(補助としてセリフで補足。最近はできていないものが多い。)、見た者の心に作者の思いを体感させたり、受けたイメージから自由な発想をして楽しませてくれるのが醍醐味だと思います。

 原作を読んだとしても、作者の考え方のエッセンスをくみ取らずに原文に忠実であるかどうかだけで良い悪いを決めたりするのは不毛ですね。たとえば、最近だったら、ドラマの半沢直樹。

 ほぼ原作に忠実ですが、土下座パフォーマンスばかりが話題になりました。原作ではそんなに度々そういったシーンがあったわけではありません。あくまでも演出上の映像表現として分かりやすいものを選択したにすぎません。

 ドラマの感想を読んでみるとしたり顔で「土下座はやりすぎ」とか書かれていましたが、そんなことは言わずもがなで、そんなこともわからないで見ているのかなあと不安になってしまいました。あくまでもエンタメとして演出されているわけで、あんなことを部下にやらせたら、反対にパワハラで訴えられますしね(笑)

 原作ファンはまじめな方が多いのでしょうが、もっとリラックスして両方の良さを発見しようとする奥行きの深さを持ってほしいですね。

 ではまた!
2013年11月11日 21:20
先日は妙に絡んでしまって申し訳ありません。
時々カッとなってしまいますが、その都度冷静にと自分を戒めています。


今回は映画のコメントを。
内容自体は面白かったのですが、ノワールとしては力不足でしたね。
勿論ボギーはカッコよかったのですが。
オカピー
2013年11月11日 21:57
米さん、こんにちは。

いや、どう致しまして。

映画の方ですが、一般的なファンの方には、少々ややこしすぎたと思いますね。
ホークスは馬力で魅せる監督ではなく洒落っ気タイプなので、女性との絡ませ方は上手かったですが。
オカピー
2013年11月11日 22:03
 用心棒さん、こんばんは。

 大体、原作をそのまま映画化すると長くなるので、映画は端折る傾向がありますよね。

 それを別にすると、今年映画版を思い出しつつ原作を色々読んでみましたが、案外原作に忠実だなあという感想を持ちました。
 「容疑者Xの献身」も肝要な点はそのままで、一部について、より大衆向きの要素を追加・変更していることが確認できました。

 しかし、原作ファンはちょっと変更しただけで針小棒大に語りますから、もういけません。彼らは大概「変えたのが悪いのではない。上手く変えていないから文句を言うのだ」と言いますが、突き詰めると結局変えていることがいけないと思っているということが解るんですねえ。色々な方と話をした僕の経験です。

 彼らは、映画を通して原作の素晴らしさを知ってほしいからそういう文句を言うんですね。しかし、それは映画評ではないですよね。実際には原作を読んでいる方が少ないわけですし、映画だけを見ていれば良いんです。
 原作と比べる利点は、原作が優れていればいるほど、教科書・参考書として映画評が書けること。上手く利用すればよいのですが、実際には出来ていない人が多いですね。勿体ないですよ。

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