映画評「終の信託」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
2012年日本映画 監督・周防正行
ネタバレあり

メジャー映画のデビュー作「ファンシィダンス」はそれほどでもなかったが、「シコ、ふんじゃった」以降周防正行監督の放つ作品は傑作揃いで、とりわけ「Shall We ダンス?」は素晴らしかった。本作はかの作品にも匹敵する傑作である。特に構成が傑出している。

序章は、呼吸器系の女医・草刈民代が同僚の医師・浅野忠信との恋愛の破綻が描かれる。彼女は恋に破れ、死ぬ気ではなしに(無意識の自殺願望があったか?)睡眠薬を飲んで死にかける。これが後段になって意味を成す。彼女の患者への意識に変化を与えるのである。

本章の前半は、彼女が中程度から重症の過渡期にある喘息患者・役所広司に深く関わって、少年時代から培ってきた死生観や家族に対して或る思いを持つ彼から延命処置を望まないことを告げられる。真摯に彼の言を守って彼女は家族の確認を取った上で植物状態に陥った彼から器具を外す。その時に彼はあっさりと死なずに蘇ったように見える。これが恐らく家族をして変心させ、三年後に彼女は告発されることになる。

この前半部分が、検察庁で待たされる彼女の回想として構成されているわけだが、近年大した必要性もないのに回想を使う作品が多い中、稀に見る説得力ある回想の使い方である。

かくして本章の後半に入り、いよいよ、検事・大沢たかおとの対峙である。彼は自分で作ったシナリオに沿って彼女から強引に陳述を引き出し、それに基づき枝葉を落とした骨子だけが羅列されている調書を作り上げる。
 そこに血・肉・情・涙といった人間らしいものは何もない。テクニカルには当然それで良い。しかし、腹が立つくらい呆気ない。医師と患者という二人の情の通い合う様子をじっくり描いた後だけに、その対照が鮮やかで唸らされる。
 勿論、法律と道義との間に提示される実社会上の問題について我々は考えなければならないのだが、映画を見ている以上、僕らは映画的にかくも上手く作ってくれたことに感嘆するのが第一であろうと思う。

前作「それでもボクはやってない」同様に彼女の行為の是非の判断は僕らに委ねられる。とは言え、比重が彼女に大きくかかっている以上、血が通い情も涙もある庶民にとって完璧に事務的な検事は悪役的な立場にある。これが検事の立場から撮れば逆の印象も生れ得る程度の悪役である。
 この大沢たかおが冷徹な検事を実に憎らしく(上手く)演じていて、彼の演技でここまで感心させられたのは初めて。役所広司はさすがの安定感。口跡が些かぎこちない草刈民代は悪くない、といった程度だろうか。

「キネマ旬報」はベスト10紹介記事で(良い意味で)これをエンターテインメントでないと断定しているが、僕は極めて重要なテーマを含んだ完成度の高い娯楽作と思う。
 科学の進歩は法律の改正を要求する。植物人間になっても命を長らえることができるようになってたかだか数十年であり、それ以前の生命倫理観に縛られている現在の刑法では処理し切れない、という問題を極めて大衆的な喜怒哀楽の感情と共に見せているからである。良い意味で観照に徹していないのである。

女医と患者に一種の恋愛感情があったと見るのは正しいであろう。しかし、プラトニックという以上に、精神的に生きるよすがになるといった意味での恋愛感情である。決して渡辺淳一的な意味ではない(笑)。家族、特に細君がヒロインを訴えるのも一種の嫉妬からであろう。しかし、夫君が女医に末期を託さざるを得なかったのは、彼女の弱さ故であり、彼女自身の罪である。

昨年亡くなった父の感染症闘病中に姉から延命治療の悲惨さを述べた書籍を渡された。相談して延命治療はやらないことに決めた。父は動けなくなって以来ずっと「やん(嫌に)なっちゃたな」を繰り返していた。

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この記事へのコメント

vivajiji
2013年09月02日 11:08
観ている間中、“草刈さんでなければ”
“巧い女優使ってくれればなぁ~”と
脳内駆け巡り候でありまして疲れました。
(- -)^^
映画のすこぶる完成度高い故、なおさらに。
2013年09月02日 17:23
周防さんの作品はどれも完成度が高いですね~
『Shall weダンス?』も好きですが、ねこのひげにタンゴを教えてくれた女性によれば、草刈さんのダンスはバレーだと言っておりました。

ねこのひげもオヤジの延命治療は拒否しました。
オカピー
2013年09月02日 21:44
vivajijiさん、連日お越し頂き有難うございます。

>草刈さん
演技についてはよく解らないほうなので、断言はできませんでしたが、ちょっと心許ない感じがありましたね。

完成度は本当に高いと思いました。
長いだけで子供だましの映画ばかり見せられていただけに余計に・・・
オカピー
2013年09月02日 21:57
ねこのひげさん、こんにちは。

>草刈さんのダンスはバレー
僕にはよく解りません(笑)が、観る人が観ればそういうことになるのでしょうね。

>延命治療
そうでしたか。
個人的に言わせてもらえば、この家族は「怪しからん」と思いましたよ。
こういう人々がいるから、そうでなくても少ない医者が減っていくんですよ。
心情的には解らないことはないですが、母親の治療に関する疑惑も我が家はぐっと抑えました。脳に血栓が詰まった日に血栓を出来にくくする薬が出されていなかったのに後で気付いたのです。
薬一錠で死ななかったもしれないと思うと今でも悔しいのですけどね。

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