映画評「桃(タオ)さんのしあわせ」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2011年香港映画 監督アン・ホイ
ネタバレあり

アン・ホイの作品を観るのは久しぶり。ここまで心に沁みる香港映画を観るのも久しぶりだ。

映画製作者のロジャー(アンディ・ラウ)は、少女時代から60年に渡って彼の家で働いてきた家政婦の桃さん(ディニー・イップ)と(他の家族が移住していた為)二人で当り前のように過している。特に彼女に対して有難味を感じている風情もない。
 その彼女が脳卒中で倒れ、働けなくなった以上は辞めると言って聞かないので、老人ホームに入れる。偶然にも経営者が旧友だったので色々と融通してもらうが、決して高級な場所ではなく、彼女の顔は曇る。しかし、ホームの老人たちと懇意になり、仕事の合間を見て面会に来てくれるロジャーを迎えるうちに明るい表情を取り戻していく。とは言うものの、寄る年波には勝てず、色々な病気を発症するうちに遂に息絶える。彼は懇ろに彼女をあの世へ送り出す。

邦題には大いに頷ける。桃さんは幸せ、ロジャーも幸せであると思う。
 十年ほど前に故郷に戻って来た僕は映画を見るのに懸命で買い物に連れて行ってくれないかという母親の頼みを時には断って他の家人に代りをして貰ったり、断らないまでも不平そうに対応することが多く、母親の心に僕への不信が生れたと想像する。三年半前に父親が動けなくなって日常的にそれが必要となった時僕は以前より積極的に言うことを聞いたが、時間を調整して貰うことはあった。しかし、半年後には母の為に動くことが楽しみになって来た。まだまだ元気に見えたし、数年はこの楽しみが続くと思っていた。ところが、それから半年余りで母は思いがけず他界した。僕の態度に満足している感じが伺えていたので、喪失感がとてつもなく大きかった。孝行したい時に親はない、と俗に言うが、以前のことがあったので心に重しを抱えた思いがした。未だに母の死は僕への罰であると思っている。
 だから、本作の二人は彼女の晩年になって実の家族以上に心を通わせ、思う存分僕が味わいたかった類の幸福を味わえたと想像し、本パラグラフ冒頭の言葉になったのである。

ロジャーとて最初は良い息子(彼は桃さんを義母と皆に紹介するのだ)ではなかったが、彼女の辞職により空気のようだったその存在の有難味に早く気付いて、懸命に世話をし始める。彼自身も僕が半年くらいの間覚えた幸福を感じていているようで、素晴らしい表情を見せている。期間については定かではない。或いは僕と同じくらいかもしれないが、重要なのは長さではなく、その充実度と後味であろうと思う。僕は自分の責任で非常に悪い後味を味わわなければならなかった。それがなければ、涙なしにこの映画を見ることができたはずである。

アン・ホイらしく、頗る淡々とした展開ぶりで、場面によってはドキュメンタリーと見紛う印象すらあるが、ことさらドキュメンタリーのように作ろうという匠気は一切感じられない。あくまで自然体である。それが本作の内容に至極マッチして素晴らしい後味を残している。人生でも映画でも大事なのは後味である。

アンディ・ラウ好演。ディニー・イップおばさんの笑顔は絶品。

アン・ホイ女史の母親は日本人ですってね。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2013年09月12日 02:29
ひさしぶりに良いタイトルで納得のいく内容でありました。
秋の宵にふさわしい映画かな?(笑)

神ならぬ身ではわからないわけで・・・・・気が付いたときは遅いけど、気が付いただけましであると思うしかないでしょうな~
オカピー
2013年09月12日 20:13
ねこのひげさん、こんにちは。

香港単独では、チョウ・ユンファが主演した「誰かがあなたを愛してる」以来の味わい深い作品と個人的には思いますねえ。

また泣き事を書いてしまいました^^;
自分が良い息子であると思っていたのにそうでなかったと自覚した時はショックでしたが、気がついただけマシと慰めましょう。

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