映画評「黒部の太陽(特別編)」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1968年日本映画 監督・熊井啓
ネタバレあり

これも石原裕次郎の「映画館で観て貰いたい」という考えの為になかなか観られない大作で、1時間近いカットがあるものの、なかなかバランスの取れた編集版になっている。不完全版とは言え、今回観られたのは僥倖と言って良い。それほど遠くない未来きっと完全版が観られるだろう。

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昭和31年、関西電力は所謂黒四ダム(=黒部ダム)建設の為、同社建設事務所の次長・北川(三船敏郎)に現場責任者になってもらう。各社に分担された工事のうち、トンネル工事の一部を担う熊谷組の下請会社社長・岩岡(辰巳柳太郎)は戦中感覚で無鉄砲に引き受けようとするが、息子の剛(石原)は花崗岩から出来た破砕帯にぶつかり、プロジェクトは挫折するだろうと工事の完遂に懐疑的である。
 結局工事は始まり、様々な難儀にぶち当たる度に知恵を絞って問題を解決、度重なる事故にもめけず果敢に掘削作業を進めて行く。

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171人もの命の犠牲の下に完成した黒部ダムの建設をテーマにした本作は、少なくとも1968年当時の邦画としてはなかなか大したスペクタクル作品だったはずである。CGをやたらに使って華美になる一方で却って本当らしさを失っている現在の作品に比べて、美術班の手作りの頑張りが迫力のある映像を生み出していると、もはや古い人間に入る僕には感じられる。大袈裟に言えば、黒部ダムを造った人々の思いや尽力と重なってくるのである。

恐らく大分カットされたであろうドラマ部分では、剛と北川の長女(樫山文枝)との交際があっという間に進んでいる印象を受ける一方で、一見お話を散漫にしている次女(日色ともゑ)の白血病のエピソードが終盤感動を呼ぶ要素となっている。即ち、工事の難儀さと癌とが「人知ではどうにもならないもの」として並列されたことに対し、人間はどんな困難にも負けない能力があると北川は反論するのである。現に工事は完遂したではないか。癌も治る病気になりつつあるではないか。娘の死があってこそ、完成したダムの上に立つ北川の感慨は映画的に我々の想像を超えるものとなり、それを想像して我々も感銘を受けるのである。

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監督は熊井啓。秀作「忍ぶ川」(1972年)で初めて熊井監督を知った(観た)ので叙情派というイメージが強いのだが、「帝銀事件 死刑囚」(1960年)で監督としてスタートを切った社会派であることを思い起こさせる力作である。女性を交えた部分では少ないながら後年の「忍ぶ川」に通ずるリリカルなタッチが素晴らしい。「帝銀事件」でもそうであったように、社会派という位置付けをするにしても、熊井監督にはどこかロマンチストの部分がある。

ところで、日本の高度経済成長期はこの辺りから始まる。経済と利便性の為に人が犠牲になるのは原子力と変わらない。
 違うのは原子力には、国内の戦争と同じで、犠牲を被る必要のない庶民にまで犠牲が及ぶ可能性があるということだ。原子力村の利益最優先の欺瞞は問題外としても、電気を利用する我々にも経済(利便性)と安全の間でどちらか一つを選択しなければならない義務がある。

原子力に頼る前、電力会社も今より少しはマシじゃっただろう。隗より始めよ、じゃよ。

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この記事へのコメント

シュエット
2012年03月27日 16:29
公開時ではないけれど、ずいぶんと前にスクリーンで観た記憶を辿って…68年制作なんですね。この後に日本で万博が開催されて、世界の仲間入りを果たす幕開けの時代。やっぱりこの辺りの映画って本当に力強いですねぇ。生白いヒューマニズム論理を振りかざすよりも、前へ前へと時代そのものが動いていた時代だったんですね。映画も自ずと力強く、それだけに感銘も深い。
いまの韓国映画の強さをみるにつけ、この頃の萌芽には確かにあった生きる強さ、執着を思います。作品に対するコメントにはなってないですけど…
ねこのひげ
2012年03月28日 08:57
これも昔、テレビで見た記憶がありますね。
おおはばにカットされていたかどうかは定かではありませんが、迫力あった記憶がありますね。
何の映画だったか、実際に10トンの水を一気に流したら、俳優が溺れかけたという話を映画公開の時に話していたのがいました。
やっぱりCGとは必死さが違ってくるんでしょうね。

原子力というより、東電の在り方に問題がありすぎるようで、手抜きをして、安易に自分たちの懐を肥やそうとした結果でしょうが、水資源の豊富な日本ですから、小型の水力発電所を各企業や自治体が作って、東電から離れたほうがいいという話もありますね。
オカピー
2012年03月28日 15:15
シュエットさん、こんにちは。

暫くは名画座なら観られたのでしょうね。暫くして映画館でもTVでも全く見られない映画ファン垂涎の作品になりました。不完全版とは言え、僕にとっては30年来の夢が叶った形です。

本作の数年前まで、石原裕次郎と三船敏郎が共演できるなんてのは悪名高い五社協定の為にあり得なかったわけですが、当時の映画ファンはそれだけで感慨無量だったのではないでしょうか。
僕が映画を本格的に見始めたのは協定が完全に崩れた70年頃ですから、ある意味当たり前のように当時の邦画を見ていましたが。まして、どの俳優にも共演の可能性がある現在の映画製作スタイルしか知らない現在の若い人には信じられないでしょう。

>力強さ
今の役者は繊細な演技は得意な感じがしますが、図太い演技ができませんね。総じて役者が小粒になったのが邦画最大の弱点のような気がしています。
オカピー
2012年03月28日 15:25
ねこのひげさん、こんにちは。

これも観られたですか?
僕は1970年頃からTV番組表をチェックする映画ファンになりましたが、記憶がないんですよネエ。その前なのかな?
尤も、当時の映画少年の例にもれず、邦画には殆ど関心がなかったので、洩れてしまったのかもしれませんネエ。

>俳優が溺れかけた
CGではなくSFXで勝負した時代らしい逸話。それが迫力として画面が伝わるんですね。
「乱」の仲代達矢も危うく焼死するところだった、と愛情をこめて黒沢監督を批判していました^^
「蜘蛛巣城」で実際に矢を放たれた三船敏郎は、本当に監督を殺そうと思ったとか。

>東電
連日ひどい話が聞こえてきますね。
欲もいい加減にしろよ、という感じです。震災の被害者のことなど全く考えていないのが実際でしょう。政治家も電力をもっと自由に使えるようにしてほしいですね。そうすれば経済原理が働いて価格が下がるはず。

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  • 黒部の太陽 特別編

    Excerpt: 1968年 三船プロダクション/石原プロモーション 139分 監督:熊井啓 出演:三船敏郎 石原裕次郎 滝沢修 宇野重吉 志村喬 辰巳柳太郎 寺尾聡 二谷英明 成瀬昌彦 清水将夫 樫山文枝.. Weblog: RE940の自作DVDラベル racked: 2012-03-31 10:39
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