映画評「昆虫物語 みつばちハッチ~勇気のメロディ~」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2010年日本映画 監督アミノテツロ
ネタバレあり

僕は十代になって早々に映画鑑賞や読書の楽しみに目覚め、比較的早めにTVアニメから離れたが、竜の子プロの「みなしごハッチ」はその最後の時期にお気に入りの作品だった。そもそも母ものは好みで、動物や昆虫の図鑑を見るのが好きで、その両方を同時に満足させる内容だったのだ。

で、Allcinemaで本作について調べようとしたらついぞ出て来ない。「おかしいぞ」と思ってよく見たらタイトルが「みなしごハッチ」ではなく「みつばちハッチ」であった。堀江美都子が歌ったTVアニメ第一シリーズの主題歌の♪行け行けハッチ みつばちハッチ・・・という歌詞に準じたらしい。

お話の骨子はTVシリーズと同じで、スズメバチに襲われ母である女王と離れ離れになった王子ハッチが、母を探して旅をする。ただ、本作では人間の町が大きく絡み、虫の言っていることが理解できる孤独な少女アミィと親しくなる模様が中心となっている。

作り方としては非常に伸び伸びと作られ余り文句を言いたくないが、擬人化をしている物語に人間を絡めるのは夢の中の夢を見ているようなすっきりしない印象を残す。

しかし、児童ものらしく、途中からハッチと少女の友情を小出しに扱い、終盤少女が母を救おうとするハッチを思いやりスズメバチに立ち向かい、“権力”に諦観を抱いていた虫たちも勇気を奮い一致団結して駆けつけるという展開に大きく膨らませて行くという構成はなかなか上手い。

彼女が虫の言葉を理解できるのは彼女が自分の殻に閉じこもり孤独であることを意味する。最後に勇気ある行動を取ることが出来た彼女は自分の殻を突き破り、遂には人間の友達も出来る。その代わり虫の話すことは理解できなくなるのである。虫の社会は虫に委ねるべきだという暗示かもしれない。

一連の騒動の後些か友情が強調されすぎるきらいはあるが、近年観た日本の映画の中では素直に受け止めることが出来る部類。僕の観たTVシリーズと違ってハッチが大分コミカルになった気がするが、これは時代の要請でしょうね。

スズメバチだけが大悪党扱い。大人になった僕はちょっと可哀想にも思う。

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2011年07月17日 06:56
『みなしごハッチ』を『みつばちハッチ』としたのは、”みなしご”というのが差別用語だとというのが理由だそうですがね。
乞食をホームレスとしたのと同じことで、呼び方を換えたからといって差別がなくなるものではないですけどね。

親指ぐらいあるスズメバチが顔の前に来て威嚇されると固まってしまいますけどね。(~_~;)
オカピー
2011年07月17日 14:06
ねこのひげさん、こんにちは。

>みなしご
そうだと思いました^^;

>差別用語
言葉に罪はないのであって、要は使い方の問題なんですけどね。
腹が立つのは、昔の西部劇なのに和訳で“インディアン”という言葉が使われないことですね。“先住民”なんて誰も言っていませんぜ、あの当時・・・てなもんです。名人・高瀬鎮夫氏が担当した西部劇は恐らく皆新しい翻訳になっているのだろうな。
それどころか、アメリカの西部劇は今でも平気で“インディアン”を使っていまして、翻訳だけ“先住民”となっている。日本にインディアンとかつて呼ばれた民族出身の人が何人いるか知りませんけど、変ではありませんか?

>スズメバチ
この間アシナガバチの巣を壊しました。ごめんね、と頭を下げながら。
僕は信心深くはないのですが、虫と言えども安易に殺せないですね。蠅を殺すのも嫌で、極力外に逃げるように仕向けていますよ。

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