映画評「おとうと」(2010年)

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2010年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

山田洋次監督としては「十五才 学校Ⅳ」以来10年ぶりになる現代劇。

吉永小百合は東京で薬局を営んでおり、夫が亡くなった時小学生だった娘・蒼井優の結婚式の日を遂に迎える。長年消息のなかった弟・笑福亭鶴瓶がそこに現れて悪い酒癖を発揮して披露宴をぶち壊しにするが、娘は学問のようにしか物事を考えることができない医者の夫とそりが合わずに結局離婚して出戻りする。
 やがて彼女は突然家に現れた弟の愛人に借金を返してほしいと泣きつかれた為店舗改築に貯めておいた費用から捻出する。さすがにこれには懲りたので、またまた現れた弟を糾弾するしかなく、追い出してしまうが、後日大阪の警察からの連絡で彼が末期がんで民間ホスピス“みどりのいえ”に入所していることを知らされる。

披露宴のシークエンスで早くも山田監督のやりたいことは大体解った。恐らくは「男はつらいよ」の人物関係を換骨奪胎して、人気の余り映画の中で死なすことの出来なかった寅さんの最期をドッペルゲンガーの笑福亭<丹野鉄郎>鶴瓶により実現しようとしたのである。
 本作の披露宴は妹さくらの見合いを何十年かぶりに現れた寅さんが混乱させる「男はつらいよ」第一作の再現ではあるし、「馬鹿だねえ」というお馴染みの台詞も出て来る。ヒロインはさくらの代りであると同時に、養父母(おいちゃん、おばちゃん)の代りも務めていると思われる。
 但し、この弟は寅さんの複雑怪奇な人物像に比べれば単純。寅さん同様自分の不甲斐なさに気付いてはいるが、自分の人生にジレンマを感じているような気配が殆どなく、多少面白味に欠ける。寅さん特に中期以降の寅さんには観ているだけで涙を誘う存在の悲しみがあった。

画像

終盤、臨終間際の弟と姉が一緒に料理を食べ紐を手に結んで眠る市川崑の傑作「おとうと」を再現してオマージュを捧げた狙いは正確には解らないが、かの名作の背景である大正時代から一世紀近く経っても、また年齢を重ねても、姉弟の心の交流に変わるところはないという思いが伝わってくるようで、三十数年前大学に入る前後に尋常ならぬ世話をしてくれた姉に今でも頭の上がらない僕はじーんとしてしまった。
 “今時あんな姉はいないだろう”という批判は嘘である。僕の周囲には、携帯電話も持たずゲームもせず半疑問も絶対使わない僕自身を含めて、古臭い人間はいっぱいいる。あるいは、現実に根ざそうが根ざすまいが、鑑賞後に普遍的な人間の姿が残ればドラマ映画は良いのである。しかし、こう書いているうちに、山田監督は今では化石のようになった寅さんに代表される昭和的人間を逆説的な意味合いで敢えて抹殺しようとしたのではないかと思えて来た。

山田監督の特徴である、ショットやシーンにおける前後の呼応関係の見事さは相変わらず。
 一番印象に残るのは、嫁ぎ先から家出をして来た娘が袋を幾つも抱えて玄関から引き戸を開けて二階へ行くシーンだ。まず玄関側からのショットで、袋が引き戸と柱に挟まれ15cm程の隙間を作る。その隙間を残して彼女は二階へ向かう。階段側から捉えられる次のショットでは、隙間から光が洩れている。要は彼女が昇って行く階段は光がなく暗いのである。隙間自体とそこから洩れる光と闇の対照から彼女の心に開いた穴と憂鬱が伝わり、しんみりする前に感心した次第。かくも端正にショットを置き、きちんと場面を繋ぐ監督は世界でも珍しくなった。

☆★は抑え気味だが、星の数以上に僕は感銘したとご理解されたし。

僕のイメージでは、出来の悪い弟を持つ姉は常に偉大なのだ!

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この記事へのコメント

2011年01月08日 16:51
おそらく本作に限らず山田洋次監督の作りだす
映画世界のお話をこのコメント内でもっともっと
お話したいのでしょうね~プロフェッサーは。(^ ^)
「vivajijiさんみたいな人はこういう映画を
観てはいけません!」というお墨付きを頂いた私など
登場しては新年から縁起が悪いのかもしれませんが
一応劇場で観させて頂いたものですので拙記事持参
いたしました。思いっきり笑い飛ばしていただき
そしてすぐお忘れになってくださいね~。(笑)
2011年01月08日 17:14
プロフェッサー、こんにちは。

本作、私は公開してすぐに年配の方であふれかえる銀座の松竹で鑑賞しました。
そして、山田監督というよりも、吉永小百合という映画女優の凄さをあらためて痛感させられました。

さて、山田作品が、寅さんが好きな私は、作風を理解し、単純に楽しめそして、久々に邦画の力を私は、痛感した作品でもありました。

自身で記事を書いた時に、あまりに作風を理解しない方、時代にあわないという感想を多く目にし、私らしく、ムキに追記を繰り返したのと同時に、とても寂しい感情におそわれたのを思い出します。

私は、今や化石のような昭和的な風情とか人間を抹殺してほしくないな~、好きなんでしょうね。
でもそれが時代なんでしょうかね・・・。

山田監督はさすがですよね。
今更私がいうまでもなく、プロフェッサーの画の解説、さすがですね。
感服致します。

あの紐とうどんをひとちぎり食べるシーン、私は姉弟の心情及び病人の心情を想ったときに、違和感はなかったですね。

そして、最後に、

『市川崑監督作品「おとうと」に捧ぐ・・・・・。』

のクレジットを目にしたときは、さすがに目頭が熱くなりました。

では、また。
オカピー
2011年01月09日 00:28
vivajijiさん、こんばんは。

姐さんが山田洋次が苦手のように、僕はキエシロフスキが苦手。
そういうことで良いではありませんか^^
好みはともかく、狙いを理解もしないで
「時代に合わない」などと批判する連中は、
イエローストーンさんではないですが、ちと考えものですなあ。
オカピー
2011年01月09日 00:59
イエローストーンさん、こんばんは。

>映画の描写で現実性を求めすぎ、映画的な表現・描写を受け入れず、

という御記事の中の一節にいたく同感します。
この映画が現実の日本と違うとしたら、山田監督はこういう人情のある社会を望んで作ったのではないか、と思うべきでありますよ。
それが何かと本作を批判したがるような人が大好きな“メッセージ”でしょうに。
この作品で山田監督が“寅さん”を殺したのは間違いないでしょう。でも、それは山田流の反語であって、実際には昭和的人情や風情を望んでいるということになろうかと思います。

ファンタジーの大嘘は認められる癖に、極めて現実に近いが故にドラマ映画の小さな嘘を認めたがらない風潮がありますよね。
不器用な映画鑑賞者が増えたものです。

>画の解説
恐れ入ります。<(_ _)>
カットごとに説明したくなるような監督や映画が今では本当に少なくなりましたから、最初は書かぬつもりがつい書いてしまいました。^^;
オカピー
2011年01月09日 10:31
イエローストーンさん

記事で僕をご紹介戴いたことへのお礼が洩れていました。
有難うございました。

当方と同じくらい数をこなす人は少なくないものの、そういう人でも狙いを掴んで見るという癖や力がない人が依然多いような気がします。
自分が十分できているとは思わないですが、僕の採点が中間が圧倒的に多いのは狙いを掴んでそれを測るという背景もあるのだと自己分析しています。

いずれにせよ、色々な映画を観ることから狙いや作風を掴む癖や力を付けて行って欲しいと思いますね。
ぽむ
2011年01月09日 16:29
こんにちは。
ほとんどROMですが、毎日、拝見させていただいています。
こだわりなく、幅広く鑑賞するオカピーさんから感じる映画への愛情には感嘆するばかり。

山田監督作品が一部の“通”から苦手とされる主な理由は、「嘘っぽい」「時代に合わない」「ワンパターンの人情劇」「非現実的なきれいごと」といったところでしょうか。オカピーさんが再三書かれているように純粋に映像作家としても優れた監督なのに、「一般大衆向け」とばかりに敬遠する映画マニアが多いのは悲しいですね。

>この映画が現実の日本と違うとしたら、山田監督はこういう人情のある社会を望んで作ったのではないか、と思うべきでありますよ。

そうですよね。素直に感動する心を失いたくないものです。
それに、決して「現実の日本と違う」わけではありません。この映画に登場する山谷のホスピス“みどりのいえ”は実在するのです。(実際の名称は“きぼうのいえ”)
HPもあります。
http://www.kibounoie.info/

この映画が公開された頃、新聞で読んだのですが、施設長を務める方は、マザー・テレサがインドではじめた「死を待つ人の家」を山谷でも開きたいと思い、奥様と一緒に私財をなげうって開設したそうです。
現実に、こういう人はいるのです。
2011年01月09日 21:55
ご丁寧に恐縮です。

このひねくれた私が、素直に感心させられる映画批評をされる数少ないうちのおひとりです。
これはお世辞でもなんでもありません。

あっ、話は別ですが、「砲艦サンパブロ」の記事拝読しました。
私の大好きなマックィーン作品でコメントを入れたいのですが、本作、私昔に観たきりで記憶が・・・。

再見したあとにコメントいれさせていただきます。
オカピー
2011年01月10日 00:24
ぽむさん、明けましておめでとうございます。

コメント有難うございました。

>幅広く
ただ映画が好きなだけなんです。
タイプに応じて楽しんでいけば、あれは嫌い、これはダメということには余りならないと思うのですが、残念ながら固定観念が強い人が映画ファンにも多いですね。

>「一般大衆向け」とばかりに敬遠する
僕も小学生の時に映画を見始めた頃は映画ファンというより洋画ファンだったので、「寅さん」に対してはそれに近い態度でしたが、数年後日本映画に目覚めて初めて見た時に見事にファンになってしまいましたね。
その頃は勿論技術までは解りませんでしたが。

>現実の日本
恐らく批判派の彼らは、ヒロインのような人間はもはやいない、いても数少ないということなのでしょうが、映画は現実そのものである必要はありませんから。
こういうリアリズム偏向は実に困ったものです。現実そのものでないと現実を感じられないのは想像力の欠如と思います。

>“きぼうのいえ”
実在するようですね。
入所者への国か自治体の手当で辛うじて経営が成り立っているような説明を小日向文世演ずる代表がなさっていたのが勉強になりました。
いずれにしても、殊勝な心がけですね。
オカピー
2011年01月10日 00:44
イエローストーンさん、こんばんは。

過分なお誉めの言葉、面映ゆいばかりです。
映画的に面白いかどうかだけが映画では重要。重大なメッセージがあるかどうか、そんなことは実は大した問題ではないんですね。
“映画的に面白い”という概念は一般の人が考えるよりずっと多様ですから、僕は幅広く、高級ファンがバカにするようなのも、大衆ファンが敬遠するのも観るわけです。僕は基本を大衆映画に置いていますが、難解な映画も魅力的な映画的表現を伴っていれば歓迎しますよ^^

>「砲艦サンパブロ」
長い作品ですので何年かすると詳細を忘れることが多く、観るたびに初めて観るように感心しています(笑)。
コメントがないのが寂しい秀作なので、是非お願い致します。

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