映画評「抱擁のかけら」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2009年スペイン映画 監督ペドロ・アルモドバル
ネタバレあり

本稿が今年最後の記事です。一年間ご声援どうも有難うございました。来年もよろしくお願い致します。

ペドロ・アルモドバルは本質的に好きではないタイプの監督であるにも拘らず、「オール・アバウト・マイ・マザー」以降の作品には感心させられてきた。本作も肌に合わないところがあるが、映画作家として益々進境を見せているような気がする。

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今はペンネームを使って脚本家として生計を立てているルイス・オマールはかつて映画監督をしていた。現在失明している彼の前に謎めいた男ルーベン・オチャンディアーノが脚本を書いてくれと原案を持って現れ、その事実を聞いた彼のエージェントである中年女性ブランカ・ボルティージョは動揺する。
 それは何故かということをオマールが彼を慕っている彼女の息子タマル・ノバスに語るという形で、14年前にお話が遡るが、回想形式を使ったこの導入部は類似する他の凡百映画のそれとは一線を画す鮮やかさがある。

14年前新作のオーディションにやって来た美女ペネロペ・クルスにぞっこん参ってしまうオマール監督だが、彼女はその新作の資金を提供している実業家ホセ・ルイス・ゴメスの妻であり、先妻の息子が見張る為に常時カメラを回している。その息子がオチャンディアーノだったという次第で、ゴメスがカメラを通して妻と監督の会話を読唇術師を使って解読する、という偏執狂的な描写を重ねてこの父子の異常性を醸成していく。

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かつらを被らせてペネロペを色々変身させるシーンやヒロインが階段から落ちるシーンを見ると、お話は全然違うが、どうもアルモドバルはアルフレッド・ヒッチコックの「めまい」を意識しているようである。実業家が音のない映像を見るのは「裏窓」に通ずる。

さて、甘美な恋に身を焦がす二人はカナリア諸島に逃げ出すが、嫉妬に荒れ狂う実業家はその間に廃棄したショットを繋いで劣悪な作品をわざと発表してしまう。映像作家として堪えられない仕打ちにマドリードに戻る決意を実行する前に悪夢のような交通事故が発生、ペネロペは亡くなり、オマールは失明する。
 そして現在、14年前の映像を基にした実業家ジュニアのドキュメンタリー制作に協力することにした彼はブランカからかつて出鱈目に編集された映画のネガが全て残されていることを知らされ、実の息子と判明したノバスの協力で映画を完成させる。

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主人公が“再生”する形のお話になっているが、最後に主人公が言う「映画は完成させることが肝要」という言葉を持ち出すまでもなく、アルモドバルの映画への愛情が強く感じられる内容になっている。先に述べたヒッチコック以外にもお楽しみが多い。主人公のペンネームのハリー・ケインはオースン・ウェルズ主演の二作品「第三の男」「市民ケーン」に由来、また、本作の構成にも主人公の死から回想が始まる「市民ケーン」の趣きがある。
 さらに、ロッセリーニ「イタリア旅行」の映像、ニコラス・レイ、「ファニーとアレクサンデル」「死刑台のエレベーター」の名前も出て来る。これらはアルモドバルが影響を受けたか好きな作品や監督なのだろう。

ところで、本作において“再生”は映画が死んだ人間も蘇らせることができるという意味に敷衍できる。映画は何と素晴らしきかな。しかし、それと同時に本来見ているそばからショットやシーンが遠ざかって行く儚さがあるのも映画なのである。恐らくアルモドバルはそこまで考えている。

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アルモドバルにとってのペネロペ・クルスは、ヒッチコックにとってのグレース・ケリーのような絶対的な存在になって来たような感じがする。実に美しい。

ペネロペの赤い服が印象的なので、今年の【紅白歌合戦】は紅が勝つでしょう。

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この記事へのコメント

2010年12月31日 23:56
こんにちは。

>今年の【紅白歌合戦】は紅が勝つでしょう。
ペネロペの赤い服むなしく、白組がさきほど勝っちゃいましたが(笑)

本当に映画好きにはたまらない引用がありましたね。
今年も、怠惰な僕が映画レヴュ-を続けられたのも、オカピーさんあってのことですよ。
とても真似はできませんが、勝手に励まされているような気分になって、パソコン向かっているところがあります。
まさに「豚もおだてりゃ木に登る」ですな。
もう数分で、新年ですが、よろしくお付き合いください。

オカピー
2011年01月01日 00:24
kimion20002000さん、こんばんは。

>紅白歌合戦
最近の日本人は、ジョニー・デップへの人気を考えても、一局に集中する悪い癖があって、嵐といった人気グループがいるだけで勝ってしまうのでしょう。
勝敗なんかどうでも良いんですけどね。

>怠惰な僕
そんなことはないでしょうが、子供の頃から根気よく続けることは割合得意でしたね。昨年はバタバタして厳しい時もありましたが、一日も休まずに続けられました。メデタシメデタシ。

僕こそkimionさんの文章に勝手に憧れて(真似はしませんけどね)、あのような素敵な文章が書ければ良いなあと思っております。
元々18歳の時に映画評なるものを書き始めたのは、多少まともな文章を書けるようになりたいがためでして、30くらいまでは進歩したような気がしますが、以降は寧ろ後退気味です。

こちらこそ、本年もよろしくお願い致します。
シュエット
2011年03月08日 10:12
この作品あげられてたんですねぇ。うっかり見過ごしてました。
これはもう!です。
前作の「ボルベール帰郷」はペネロペにも作品的にも私的にはちょっとしんどさをおぼえた作品だったのですが、本作の彼女は良かった!アルモドバルの映画への愛や映画に対する思いが痛いほど伝わってきて…感慨一入。
良かったです。アルモドバル良かったです。
>それと同時に本来見ているそばからショットやシーンが遠ざかって行く儚さがあるのも映画なのである。
男と女の愛を通してここまでも描くなんぞアルモドバル憎いし上手いですネェ。
オカピー
2011年03月09日 18:29
シュエットさん、こんばんは。

前作「ボルベール」は母国の劇作家を中心とした演劇へのオマージュだと思っています。ガルシア・ロルカの「ベルナルド・アルダの家」とはまるで逆の母娘関係ながら、恐らく下敷きにしたところもあるのではないかと感じましたし、これはこれで面白い作品でした。

その後のこの作品では映画へのオマージュと来ました。僕はアルモドバルとヒッチコックは結びつけて考えたことはなかったですが、本作は多分モチーフにしたのだと思いますね。その辺りシュエットさんはどうお思いになりました?
そうだ、そちらでその質問をまたさせて戴きます。<(_ _)>

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